ボレロ - 第一楽章 -
「お客様のお顔がわかれば、もっと具体的にイメージがわくんですが……」
「お二人の特徴をもっと詳しく聞くべきだったわね。
写真があればわかるかしら」
「そうですね。ご本人にお会いできれば一番いいのでしょうが、
写真があればなんとか」
「わかったわ。聞いてみるわ」
紫子さんに連絡しようと携帯を取り出したが繋がらず、メッセージをと
ガイダンスが流れてきた。
そうだ、宗一郎さんなら叔母様や妹さんの写真を持っているかもしれない。
私は自分の思いつきに思わず笑みが出た。
さっそくメールをと思いアドレスを引き出したが、思い直して電話をかけた。
もし仕事中なら出ないはず、そうでなければ彼の声が聞こえてくるはずだ。
私の願いが届いたのか、呼び出し音が二回目を告げないうちに、宗一郎さんの
柔らかく低い声が聞こえてきた。
『珠貴に電話をしようと携帯を握ったところだった。驚いたよ』
『まぁ、嬉しいことを言ってくださるのね』
『そっちの用件を先に聞くよ』
こちらの事情を話すと、叔母の喜寿のお祝いに家族で撮った写真がある。
今自宅にいるので取りに来てほしい。
そのとき相談にものってもらいたいことがあるからと、慌しくも素早く
段取りが整った。
『夜の会合まで少し時間がある。君が来るまで待ってるよ』
『わかりました。すぐに伺います』
電話の後、私は会社を飛び出していた。
通りでタクシーを止め乗り込み、急ぐ用事だからと運転手に告げる。
急用なんですねと復唱した運転手は、こちらの要望どおりスピードを上げ、
夕方の渋滞を避けるように裏道へと入っていった。
マンションに着きタクシーから降りると、玄関で彼に到着を知らせ、
エレベーターホールへと小走りに足を進めた。
高層マンションの上階の部屋へたどり着くのは、こんなにも時間がかかるのか
と思うほど、今日のエレベーターは遅く感じられる。
ボワンと目的の階への到着を知らせる音とともに、開かれたドアから駆け出し
彼の部屋を目指した。
もうすぐ彼に会える……
その思いが私を駆り立てていた。