恋人ごっこ
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「…ここなら見つからないかな」


四階の音楽室の隣の、鍵の壊れた音楽準備室。
いつしか、あたしがやつあたりして壊した。
先生に伝えてないから、このことは誰も知らない。
絶好の隠れ家。


「…ふう」


埃っぽいカーペットの上に、特に何も思わずペタリと座る。
そのまま倒れるようにして壁に持たれた。


「…」


先程見たものが、勝手に脳裏に浮かぶ。
別に彼が女の子といただけ。


[なら仙崎に言えばいいじゃない。
別にあたしがいてもいなくても、告白できるでしょ?]


あの子達の前でそう言ったのはあたしなのに。
「あたしは仙崎と関係ない」って言ったのはあたしなのに。


今、「あたしから仙崎をとらないで」って思った。


「…っ」



[仙崎はさ、恋したことある?
誰かと付き合ったことは?]


ああ聞いたのはきっと、あたしと付き合うのが初めてって言ってほしかったから。
彼のそばにいるのは、あたしだけなのだと思いたかったから。


「…っ、いた…い」


彼のことを考えると、心臓をわしづかみにされたように痛い。







誰か、誰か教えて。
この胸の苦しみの名前を、この切なさを。




ねぇ、これも恋なの?



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