カノン
…でも それは、単なる俺の 都合の良い解釈に、過ぎなかった。
暫く携帯と にらめっこ していた君は、そのまま電話を掛ける事なく、
あっさり と それを鞄に仕舞って、お手洗いの方向へ歩いて行く。
―…トイレ、行って来たんじゃ なかったの…?―
君の謎の行動に戸惑いながらも、
慌てて自分もトイレに行く振りをして追い掛けた。
途中、慌てて客席に戻る人と何回か すれ違ったけど、
みんな出来るだけ早く会場に戻ろう と 一生懸命で、さっきと違って、呼び止められて話し込んで…という事も無かったし、
そもそも それどころ じゃないらしく、俺に気付く人も居なかった。
暫くすると、廊下を歩く人も完全に居なくなり、
もう、用が無くて立っていても怪しまれなくなったのを いい事に、
俺は君が出て来るのを、少し離れた所で普通に待ち構えていた。
「リアちゃ…」
また声を掛けよう と したけど、途中で止まってしまった。
君は まっしぐら に 客席に戻ろうと している みたいで、
俺の方に全く気付く事なく、扉の取っ手に手を掛ける。
「……待って」
それを止めよう と したら、
言葉と共に、思わず 手が出ていた。
―戸惑う君の手を取って、
俺は そのまま会場を抜け出した。