カノン
鳴り続ける電話を凝視し続けて、
着信音は、ついに止まってしまった。
″今は手が離せなくて出られなかった″と掛け直すべき なのか、
このまま、何事も なかった振りを するべき なのか…、
さらに電話を凝視して、立ち尽くした。
立ち尽くしているうちに いつの間にかライブが始まってしまったようで、
ふと、我に返った時には、
会場は、先程とは打って変わって、静かに なっていた。
スタッフさんや、関係者らしき人の姿は ちらほら あるけれど、
″がやがや″とした喧騒のような ものは、もう すっかり、無い。
今からでも、行かなきゃ…
…そう思って、改めて お手洗いに寄ってから、
あたしは自分の席の近くの通路に通じる、A3扉を探し当てて、
その大きな取っ手に、手を掛けた。
「……待って」
その声が誰の声なのか考える前に、
取っ手の上に あった あたしの手に、冷たい手が重なった。
振り返った時に見えたのは、
あたしの後ろに居る″その人″よりも、
更に後ろで驚いた顔を している、スタッフさん達。
「え…?」
そのまま、扉を開けよう と していた手が掴まれて…、
何が何だか分からないうちに、
あたしは″その人″に手を引かれて、歩き出していた。