カノン
すれ違う人、すれ違う人が、
みんな一様に驚いた顔をして、あたし達を振り返って見る。
…ううん。
正確には、
みんな、あたしの手を引いて歩く″彼″を、見ていた。
立ち止まって こっちを見ながら ひそひそ話をする女の子達や、
ヴィジュアル系のアーティストに詳しいであろう、スタッフさん達の好奇の視線を完全に無視して歩き続け、
そういう人達の居ない、会場の敷地内を抜けた所で、
ようやく彼は止まって、あたしの手を離した。
「…………」
「…………何で、ここに…?」
「…それ、こっちの台詞なんだけど 笑」
沈黙が怖くて、思い切って口を開いたら、
景さんは苦笑を浮かべて、そう返した。
…よく考えたら、
景さんが事務所の後輩バンドさんのライブを見に来ている事は、
有り得る事だし、全然おかしい事じゃない。
寧ろ、
あれ以来 景さんと一切 連絡を取ってない あたしが、
急に東京に出て来て、クラウドさんのFC(ファンクラブ)ライブの会場に居る事の方が、
景さん に とって、不思議な事に違いない。
「…………」
「…………」
2度目に見る景さんも、
最初の時と同じで、
濃いメイクを していない、″素の景さん″だった。
雑誌で見掛ける″怖そうな景さん″とは全く違う、
優しい表情の、景さん。
ファンの子すらも滅多に見られないであろう貴重な景さんを、
ファンでもない あたしが2回も見てしまっていい、のかな…?
…ファンの子に対する罪悪感からか、
あたしは この場を すぐに立ち去りたい衝動に、駆られた。