只今、黒天使に仕えてます
「痛ッ!腰打った。……なんだこれ?」

俺がその異物を触ると、鉄独特の切るような冷たさがあった。カタカナのエのような形をしていて、手で触ってしか分からないが、結構長く伸びている。
もうちょい探ると、もう一本ある。

尻に感じる木の温もりからみて、俺はどうやら線路に落ちたようだ。

なんという運の悪さか、街灯も一本も無い。近くに見えるのは……というか、遠くに見えるのも、小さな電話ボックス一個と踏切だけだ。


「何処だここは? 腰も痛えし、さっさと退散退散♪ おいしょっと、……てっ、えっ?」

立てなかった。どうも腰が抜けているらしい。

らしいというのも、氷水は、今まで腰を抜かした事は、皆無であってこれが、腰が抜けた。と表現しようが、腰が砕けた。と表現しようが、結局は初体験なので、皆目見当がつかないのだ。

「どうしよう。立てねぇな」

この時、俺は、今一番聞きたくないない音を思い浮かべた。

だが、すぐに忘れることにした。

「まさかな、小説の主人公でもあるまいし、そんな運悪いわけねぇよな」


その考えは、甘かった。
今、喋った男「氷水 氷永」は、特に目立った力は全くないが、残念ながら、この小説の主人公である。
そして、何の力もない氷水も、主人公であるからして、『力』の1つは持っている。

その力の効果は、物語の場面を転換させたり、変な悪運を持っているなど、色々あるが全ては、これに通ずるものだ。
「物語を面白くさせる力」、
そう。
『主人公の力』

を、氷水は持っている。

氷水は、大したヒーロー野郎でも、気を操作できるスーパーパワーがあるわけでも無い。

……だが場合によっては、ヒーローになったり、気を操作できるかもしれない。

なぜならこいつは、ヒーローやスーパーマンである前に、この話の主人公であるからだ


主人公とは、最初から主人公なのではない、全てが決着し、全てが終わってから一番『主人公の力』があった者が主人公となるのだ。


氷水の耳に今、一番聞きたくない音が響いてきた。

カーン カーン 

遠くの踏切がだんだんと閉まってきた。
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