その瞬間まで
 ユウナがその撮影を受けたのは、彼氏の友人だという安心感からだった。
「私は女優さんみたいに綺麗じゃないよ?」
 遠慮がちな言葉にハルキはプロの矜持で答える。
「彼女たちはプロだ。自分を一番美しく見せる方法を心得ている。」
 冷静な表情は少しも動かない。
「そして、俺は一番美しく見える一瞬を切り取るプロだ。あんたは普通にしていればいい」
 
 シャッターを切る指先にためらいは無い……彼はごく平凡なスナップショットばかりを撮りたがった。
 求めに応じて、まるでデートのように街をぶらつく。
 一緒に居るのは優しい彼氏ではなく、仏頂面の男ではあるが。
 
 ファインダー越しのデート。締めくくりは彼のアパートであった。

 ごちゃごちゃと機材に埋め尽くされた中に、ユウナは腰を落ち着ける。
 ハルキはメモリーカードをパソコンに突っ込んだ。
「良く撮れてるな」
 画面の中の笑顔に曇りはなく、無邪気に輝いている。
「こんなに健康そうなのに、君は死ぬんだ」
 彼にしか明かしていない秘密を、この男がなぜ?

パシャ

 驚いた表情を、彼のファインダーは逃しはしなかった。
「脳腫か。若いと進行が早いからな」
 絶望に歪んだユウナの顔。

パシャ

 冷静な彼の顔。
「写真は残酷だ。時間を切り取り、思い出を焼き付けるのに、触れることができない」
 だが、シャッターに置かれた指は細に震えている。
「この撮影を依頼したのは彼だ。君の美しい姿を残しておくために。だけど、それがどれほど悲しいことなのか、気づいてもいない」

 ファインダーが下ろされた……レンズを通さない瞳で見つめあう。

「そうやって、涙を隠したまま消えてしまうつもりか?」
「あなたこそ何も感じていないフリをするの?」
 誰も気づかないほど奥深い双瞳に秘めた涙が、お互いの頬を伝う。

ぱしゃ

 無機質なシャッターの音。

「僕は君がいなくなる瞬間まで撮り続けたい。君の感情の全てを撮りつくしたい」
 ファインダーがぐいっと近づく。
「……いまさらずるい告白だってわかっている」
 震える指先が ユウナの唇に近づく。
「一度で良い。女の顔を僕に……撮らせてくれ」

 自棄になったわけではない。彼が待っていることを忘れたわけでもない。
 切ないファインダー越しの視線が……愛おしいと思ったから……
 
 ユウナはその指先に唇を寄せた。
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