私の味方はすぐ傍に
澄み切った空
 目覚まし時計が部屋中に鳴り響いている。ぼんやりとした状態で時計に手を伸ばすと、頭上で挨拶が聞こえた。
「おはよう。僕のことを忘れていないよね?」
「ひっ!」
 枕を投げると、幽霊はそれをかわした。
「僕だよ、コウ。昨日教えたでしょ?」
 聞き覚えのある名前に少しずつ覚醒した。
「ちゃんと起きた?家には君と僕だけだよ」
「パパ達は?」
「みんな仕事や遊びに行くために随分早い時間に出て行ったよ」
「そうなの、おはよう。コウ」
 リビングでテレビの電源をつけてから作った朝食を食べた。朝はニュース、料理番組、ドラマなどが流れており、ニュースを観ることにした。通っていた大学の最寄駅でナイフを振り回して周囲の人達に重傷を負わせた事件が紹介された。
「怖いね。少し前までよく行っていたところだよ」
「それはバイトか何かで?」
「駅からバスで大学まで行っていたの」
「変な人が多いから、気をつけて行動しなくちゃ駄目だね」
「本当に」
「今日は何か予定はある?」
「め、面接・・・・・・そうだ!」
 台所のテーブルの上に置いてあった手紙を忘れていたので、それを取りに行き、リビングで開けた。
 ーーーー結果、不採用だった。
 すぐに手紙を丸めてゴミ箱に入れた。
「事務をしたいの?」
 一瞬だったが、コウは手紙の内容を読み取ることができた。
「正直、何がしたいのか、自分のことなのにわからないの」
「好きなことは?」
 唐突な質問に思わず目を丸くした。
「ゲームや漫画を読むこと」
「そういう仕事は?」
「興味はあるけど、そういう方面の学校へ行っていなかったから」
 もっと慎重に学校を選ぶべきだったのかもしれない。
「何か資格はないの?」
「教育関係をいくつか。でも、どこの会社も駄目だった」
 就職することが困難と騒がれているが、それがなくても自分自身をどこにも認めてもらえない気がしている。
「結空!」
 顔を上げると、コウが自分の目の下を指で突いている。いつの間にか泣いていた。それを止められなくて、数分間泣き続けた。
 そのとき頭上にふわりと手を置かれた気がした。触れることができないのに、でも、温かかった。
「ごめんね」
 泣いてすっきりして、落ち着くことができた。
「ご飯、すっかり冷めたね」
 ご飯も味噌汁もおかずも冷め切ってしまっていた。それらを食べ終え、食器を洗いに行こうとしたときに中途半端に開いていたドアに足を引っ掛けて、食器を落としかけた。
「大丈夫!?」
「大丈夫だよ、食器を落としていないから」
「そうじゃなくて君だよ、結空」
 どうやら彼は怪我をしていないか、心配してくれたみたいだった。
「大丈夫」
 コウはほっとしていた。
 家の人達だったら、自分の間抜けな姿を見て、散々罵るところだ。
 けれど、彼は違っていた。
「それならいいんだ」
「コウ、お願いを聞いてくれる?」
「何?」
「今日の面接、採用されるように応援してくれる?」
 コウはにっこりと笑って頷いてくれた。
「もちろん、何時からなの?面接」
「三時から」
「僕も一緒に行くよ。で、どこかおかしなところがあれば注意するから」
「ありがとう」
 面接では声をもう少し上げるように、もっと笑顔を見せるようにアドバイスを受けながら、質問の受け答えをしたが、面接官の顔を見て、不採用は決定していた。
 それから何日もいろいろな面接を受けても、やはり返ってくるのは喜べない返事だけだった。
 大学の奨学金だって払わないといけない、欲しいものを我慢しないといけない。
 そんなストレスがとうとう爆発してしまった。
「ねえ、いつまで布団の中にいるの?出ておいでよ」
「黙ってよ!どうせコウだって、無理だと思っているんでしょ!?」
「そんなこと思っていない。僕はいつだって君のことを・・・・・・」
「もうやだ・・・・・・」
「今日もバイトの面接でしょ?一緒に行こう?諦めないで」
 しょんぼりとした顔を上げると、コウは両手をパンッと叩いた。
「いつまでも落ち込まない!ほら!」
 今日の面接は飲食店だった。いつものように電車に揺られて溜息を吐きながら、目的地へ向かった。着くと面接をすぐに行い、交通のことや長所と短所などを質問されて、会社の説明を聞いた。
「特に問題なさそうだし、採用します」
 採用?
「必要な書類を書いてもらうから、ちょっとだけ待っていてね」
 ポカンとしていると、コウが視線を合わせてピースをした。
「やったね!あれ?どこを見ているの?」
 声は届いているのに、コウの姿がない。
「コウ」
 別れなのね。
「短い間だったけど、ありがとう。大好きだよ」
「僕も、またどこかで会おうね。いつだって君の味方だからね」
 それは同じだよ。コウの味方。
 涙を我慢して、にっこりと笑うと彼の気配が完全に消えた。
 それから三週間後、仕事が終わって家に帰ろうとしたときに男性にぶつかった。
「すみません!」
「いえ、こちらこそ、コウ!」
 顔や腕に包帯を巻いているコウと再会した。迷いなく抱きしめると、肩を掴まれて離れようとした。
「急にごめ・・・・・・」
「君、誰?」
 その一言に思考が停止した。
 記憶にないの?
「私は結空。片桐結空。よろしく、次に会ったときはもっと仲良くしよう。それと怪我をしているのに強く抱きしめてごめんね。もう行くね」
 結空が走り去ってから、コウがポツリと言った。
「また会いに行くからね。結空」
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