恋影
「子供の影武者とは……また、手の込んだことをしたものだな……。」
「我ら会津藩は幕府のためなら、命だけでなく自らの身体さえ差し出すのだ。」
「それは忠義なことだな…。それで、お前が相手をするのか?」
「そうだ。その前に邪魔なお前には消えてもらう。」
「………薫子……。」
刀も身体の自由を奪われた今、武市にはどうすることも出来ない。
後は、薫子次第だ。
「薫子……、聞いているか……? お前が潜んでいる岩場の間に、例の刀を包んで隠してある……。」
真っすぐと目の前にいる、鬼のお面を見つめながら、悟られないように薫子に、【白菊一】の在りかを教える。
薫子は言われた場所から、刀を包んであるものを見つける。
こうなってしまっては、武市と自分が助かる道は一つだけだ。
「うっ、うっ……!」
「僕はもうダメらしい………。」
「ううっ……!うっ……!」
音を出すのを堪えて泣く薫子の啜り泣きを聞きながら、振り上げられる刃を見つめる。
月明かりに照らされて、刃先が白く光る。
後は、もう………。
ジャリ……。
「……!」
振り上げられた刃が止まる。何かを見つめているようだ。促されるように、その方向を見ると、【白菊一】を手にした薫子がこちらへと、歩いて来ていた。
「………!!」
敵を見据えた薫子の目付きが一瞬にして変わり、辺り一面が血の海となった。
「…………。」
「うわっーーーーん!!うわっーーーん!!」
緊張の糸が切れたかのように、泣き出す薫子の声が山中に響き渡る。
「嫌い!嫌い!!こんな力があるから、皆死んじゃうんだ!!うわっーーーん!!」
泣きじゃくる薫子をただ、見ているしかなかった。
自分よりも大きな刀を握り、血まみれになって泣く姿はまるで狼のようだ。
武市は薫子が泣き止むまで、それを見ていた。
しばらくしてから、武市は薫子から【白菊一】を取った。
この刀はまだ幼い子供には早すぎたのだ……。
何を考えて、こんな者を幼い娘に託したのかは分からないが、人間の世界で生きて行くには【猫人族】という事実も、今日のことも忘れなければならない。
武市はまだ泣いている薫子を連れて、近くの川へと連れて行った。
「うっううっ……。」
「いつまでも泣いていないで、これで顔を拭きなさい。」