恋影
川の水に浸した手ぬぐいを薫子に差し出す。
「うっ……うっ……。」
「そんな顔をしていては、龍馬に会った時にびっくりされますよ?」
薫子はそれを受け取り、血で汚れた顔を拭う。
武市は着ていた羽織りを脱いで薫子に着せる。着物は真っ赤に染め上がっていて、洗っても、もう落ちないであろう。
「うっ……うっ……。」
「いつまで泣いているつもりですか?貴女は勝ったのですから、もう泣くのはやめなさい。」
「うっ……。」
「殺さなければ、殺されるだけです。それがこの世の道理です。」
「………ううっ。」
「君はもうここには置いてはおけません。刀を握った人間は、村人として生きられないのです。」
武市は立ち上がり、幼い薫子を見下ろす。
「人間の女として生きるか、再び刀を握って戦う道を選ぶか、それは君が選びなさい。そして、刀の道を選ぶ時には、必ず貴女を今度は養女ではなく、仲間として受け入れましょう。」
「………。」
「それまで、この刀にはここでまた、眠っていてもらいます。」
二度と目を覚ますことがないよう祈りつつ、武市は刀に重しを付けて、川の底へと沈めた。
薫子はただそれをじっと眺めていた。
「……さあ、行きますよ。龍馬が待っている。」
「はい……。」
二人が来た道を戻ろうとすると、龍馬の声が聞こえてくる。
「おーーい!武市ーー!薫子ちゃーーん!!」
両手をブンブンと振りながら、龍馬が駆けてくる。どうやら無事だったらしい。
「龍馬…!」
「龍馬さん…?龍馬さーーん!」
薫子は龍馬を目掛けて走り出した。
「うわっ!薫子ちゃん!?」
「龍馬さん 無事でよかったです!」
「……武市ーー!!薫子ちゃんがワシの名前を呼んだぜよー!!」
驚いたように龍馬が武市に向かって叫ぶ。今まで一度も呼んだことがなかったのだから当然のことだ。
「薫子ちゃん!もう一度ワシの名前を呼んでみるぜよ!」
「龍馬さん!」
「もう一度!」
「龍馬さん!」
「……嬉しいのは分かるが龍馬、みっともないぞ。」
「じゃが武市!ワシは嬉しくてたまらんぜよ!!」
穏やかに笑う武市とニコニコしながら、薫子と手を繋ぐ龍馬。
そして、人を殺したとは思えない無邪気さで笑う薫子。
これから運命が別つことになる三人を、朝日が優しく包み込んだ。