恋影
「ほうか…女の子なんか……!いい娘が出来て何よりじゃが、咲子さんが受け入れんとは…、それはチクと問題じゃのう……。」
娘を養女にしたのはいいが、妻の咲子が受け入れないのでは話しにならない。
それ以前に妻は、夫である自分にさえ見向きもしなくなっていた。
あの日からずっと……。
「子供が入れば、咲子も気を紛らわすことが出来るんじゃないかと思ったからな。この先ずっと、僕達は身分が回復するまで、この生活のままだ。望んでも生まれぬ子よりも、目の前にいる子のほうが幾分ずっといい……。」
「武市……。」
夫に見向きもしなくなった妻には、子供が生まれることはない。
どんなに望んでも、そんなに簡単に身分も上がるわけもない。
なら、いっそうあの娘を養女にし、妻に子供を持たせようとしたのだ。だが、妻は大好きだった子供にさえ、冷たく当たるようになっていたのだ。
「……おまんもやけど、咲子さんも早くに親元を離れとるけんのう……。身分を回復するのが、咲子さんの望みなら、あの娘を育てるのは難しいぜよ 武市?」
「…………。」
「まあ、何かあったらわいに相談せい!わしらの所やったら、なんぼでも面倒を見る者がおるけいのう!」
「……恩に着る。」
「ああ!じゃあ またな!」
「ああ。」
龍馬は手を振りながら去って行った。
咲子が武市家に嫁に来たのは、十四の時であった。
その頃は武市家も栄えており、身分の高い嫁をもらうのも当然のものであった。
そこへ来たのが咲子、彼女である。
まだ年若い武市に嫁など、不要な者であったが家が求めているのでは、仕方がないと娶ったのであった。
当時の咲子は良く出来た嫁であり、近所の子供や道場に通う門下生に、優しく接しまるで母親のようであった。
だが、武市は咲子には見向きもせずに、家の発展に力を注いでいたが……、
つい二年前に、逆賊の罪を着せられて、門下の者の多くが命を落とし、武市も命を落としかけたのだ。
今や、隠れの身でこうやって生きていること事態が奇跡のようなものだ。
だが、咲子の態度はあの日から一変してしまい、まるで身分が低いことに対して、恥じているようであった。
だからなのか……、
命からがら助かった夫にも見向きもせず、下の者を見下しているようであった。