恋影
長州藩邸へと向かって京の町中を走り抜け、裏通りを通って行く。
先程から、表通りではなく裏通りが多いような気がする。
それだけ、敵に囲まれているということだろうか。
前を走る武市達の背中を見ながら、白鳴はそう考えていた。
「………?」
走って裏通りへと入って行く白鳴の姿を、浅葱色の羽織りを着た沖田が、少し離れた場所から見ていた。
あれは確か……、思い出すように足を止めていると、同じ羽織りを着た男から声をかけられる。
「……どうした総司?」
「いや…、別になんでもないよ。行こう。」
なんでもなかったように、沖田は白鳴が行った反対方向へと足を向けて歩いて行った。
裏通りを使ったおかげなのか、長州藩邸まではそうかからなかった。
「……はぁはぁ…。」
息を整える白鳴が見上げると、そこには見たことのない大きなお屋敷が立っていた。
「大丈夫か?」
「はい。」
「ここまで遅れんでついて来れるとは、おまんは本当大した女子じゃのう!さて、高杉さんにお目通りをせねばな。」
そう言って龍馬は門の中へと入って行く。その後ろに続いて、武市、以蔵、と入って行く。
「……。」
白鳴はさっきから、一度も目を合わせてくれない武市の背を見ながら入って行った。
中へ入ると、大きな玄関が広がっており、中から紫の着物を着た男の人が出て来る。
見た感じ【手代】(その主にある範囲内で仕事を任された人/小姓の手伝い)さんのようだ。
「意外早かったね。おや、珍しいお客様ではないですか?」
「久しぶりじゃのう【桂】さん。今日はちとばかし、力を借りに来たんじゃ。」
「力を……?」
驚いた顔をしてキョトンとする桂。
龍馬は後ろにいた白鳴を前に連れて来る。
「こん子なんじゃが…、どうも迷子みたいでのう…。辺りにもそれらしい人もおらんし、もしかしたらここへ届けられとるんじゃないかと思って来てみたんじゃ。」
そんなに人を前にして、迷子と堂々と言われてしまうのは、いたしかないとはいえ、かなり恥ずかしいものである。
思わず桂から目線を逸らす白鳴。
「……なるほど、そういうことか。とりあえず調べて見るから、中に上がって来るといい。ちょうど【晋作】もいるから、例の件の話しもしていくといい。」
「かたじけない。じゃあ、お邪魔するぜよ。」