恋影
武市につれられて向かった先は、町中にある【寺田屋】という宿屋であった。
武市は自分の部屋に白鳴を連れて行き、薬箱を取り出す。
「……そんな所に立っていないで座りなさい。」
「は、はい……!」
つい、周りに見とれてしまい立ったまんまだったことを忘れていた。
白鳴は武市の前に座る。
特に変わった場所ではないが、ここに長くいるのか、沢山の書物や資料などで埋め尽くされてていた。
「……さあ、手を出して。」
武市は持って来ていた水桶から手ぬぐいを取り、白鳴に手を差し延べていた。
すでにここに来る間に血は止まっていた。
「……い、いいです!自分でやれますから!」
「人に散々心配をさせておいて、その態度はないとは思いますが……?」
「で、でも……!こんな……。」
思わず身体を背けてしまう白鳴。
「……分かりました。では、自分でするといい。僕は席を外します。」
「あ……!」
武市は白鳴に振り返ることなく、部屋から出て行った。
「………。」
助けてもらって心配してもらっているのに、こんな態度をとってしまっては、武市達にすごい悪いことをした気分になる。
武市が怒るのも無理はない。
だが、武市に手当てをしてもらうわけにはいかない。
白鳴はゆっくりと傷口から手を離す。
「…………。」
血だらけではあるが、あるはずの傷口が塞がって、うっすらと線が入っているだけであった。
これが【猫人族】である証だ。
こんなもの武市には絶対に見せられない。一発で【薫子】だと看破されてしまう。それだけは避けなければならない。
白鳴は濡れた手ぬぐいで傷口を拭き取り、簡単な処置をして腕に包帯を巻いていく。
すると、廊下から慌ただしい足音が聞こえて来る。
「おい、生きてるか!?」
「!」
バンっと襖が開き、高杉や龍馬達が姿を現す。
「た、高杉さん!それに、龍馬さん達も……。」
「怪我をしたって、いったい何処を怪我したんだ!?手か足か!?」
答える暇もなく高杉が詰め寄ってくる。
「本当に大丈夫なんか!?医者を呼んだほうが……!」
「もう大丈夫なんッスか…!?」
「………。」
なんかもう、答える余裕も無くなってくる。唖然としてしまう白鳴。さっきまで抱えていた不安が一気に吹き飛んでしまう。