恋影
第四章
その夜、白鳴は用意された部屋で休んでいた。
島原を出てから、だいぶ時が経つ。
武市の役に立ちたい恩返しがしたいと思い、芸の道を捨てて刀を握り、男装までして身を偽ってここまでこぎつけた。
今だ武市達は白鳴の正体には気づいていない。正体を知らせるわけにはいかず、あんなことを言ってしまったが、何処か寂しさが残ってしまう。
何を隠そう白鳴が捜していた恩人は、この隣の部屋にいるのだから。
襖の隙間から、明かりが零れている。まだ起きて仕事をしているのだろう。
見知らぬ白鳴を捜し、世話になることを歓迎してくれた武市……。
正体を明かさずとも、知らないことが多いが、きっと役に立ってみせる。白鳴はそう決意するのであった。
ふと、手を伸ばしていると、月明かりが差し込んできた。ゆっくりと身を起こし、障子を開ける。
真ん丸の月が、辺りを明るく照らしていた。
満月……。
白鳴は胸にしまっていた笛を取り出す。
金色に光り輝く。
白鳴と言う名前は、この笛からもらったものだ。笛が遠くへ鳴り響き、その人に調べを奏でる。笛は鳴ることでその役割を果たすのだ。
笛を月に向かって吹く。
ピィーーー。
ピィーーーー。
透き通るような音夜空へと消えて行く。
皆寝静まっているのか、仕事をしているのか、その音を聞き付けて来る者はいなかった。
白鳴は笛をしまい、部屋へと戻っていった。それと同時に、隣の部屋の窓の障子が開く。
辺りはシンッと静まり返っていて、笛の音はもうしない。
だが、何処かで聞いたような懐かしい音色であった。
白鳴は着物を洗濯していた。血まみれとなって袖の部分が破けていた。
浪士に切られた傷はもうすっかりと塞がり、跡すら残っておらず、何処を怪我したのか分からなくなっていた。
そこへ龍馬達がやって来る。
「お、白鳴さん!朝から精が出るのう!」
「おはようございます。」
どうやら顔を洗いに来たようだ。
「ああ、おはよう……。」
武市が白鳴をじっと見る。何かを尋ねたそうな顔をしている。
「どうかなさいましたか?」
「………。」
「………?」
「………いや、なんでもない。それより、その着物は……。」
「これですか?」
白鳴は洗濯していた着物を見せる。中の水は血で真っ赤になっていた。