恋影
白鳴も洗い終えると、着物を干してから、皆がいる広間へと向かった。
食事をしていると、何やら廊下が騒がしくなる。誰かが来たようだ。
「以蔵が戻って来たようですね。」
廊下の方に目をくばる武市。
どうやら、今朝早くから以蔵は桂達に会いに行っていたらしい。以蔵は武市の一番弟子で、この宿屋の護衛役みたいな存在だ。
今日は大事な会合があると聞いていたから、出かけて行ったのもそのためらしい。
「やあ、皆おはよう。」
「!」
顔を出したのは以蔵ではなく、桂であった。これには皆驚いている。
「桂さん!」
「……まさか、こちらまで来られるとは。」
「君達に伝えないといけない用件があってね。こちらへ出向いたのだよ。」
「以蔵には会いませんでしたか?」
「ああ、彼にも会ったよ。」
「ただいま戻りました。」
以蔵が少し遅れて姿を現し、広間の隅に座る。
「……それで、用件とはなんじゃ?」
「急遽だが、後藤が会合を申し込んできた。」
「!」
「なんじゃと!?」
皆の目のいろが一気に変わる。ただ事ではなさそうだ。
「まさか、あの後藤さんが、俺達と手を組みたいなどと……。」
「どうやら彼らも【到幕派】に寝返ったみたいだね。」
「ふむ…………。」
考え込む龍馬。
【後藤】………。
聞いたことのある名前だ。幼い頃、武市の元にいた時に、何度か聞いた名前だ。
土佐の殿様となり、武市や以蔵を含め、一族を皆殺しにしようとしたもっぱらの【幕府側】だ。そんな者がいまさらになって、武市達に会合を持ち掛けるとは……、かなりの事があるようだ。
それだけでも、武市や龍馬が主力重要人物だということが分かる。
となると、敵である【浪士組】は【幕府側】となり、武市達を狙うわけだ。それはもちろん桂、高杉や大久保も同じことだ。
敵はこの者達の命を狙い、捕らえようとしている。
「…………。」
なんだか、胸が痛い……。
白鳴は気づかれぬように、膝上で拳を握りしめていた。
「……分かった。なら、ワシが行くとしよう。武市と以蔵はここで待っておれ。」
「龍馬!」
「大丈夫じゃき。どっちにしても、開国するためには、土佐の協力が必要じゃ。話しをするのなら、おまんよりもワシのほうが的しちゅう。」
「………。」