†captivity†(休載)
彼は苦笑いで、心くんに向き合う。
「それは、苦しい記憶も、なくならないということですよね。大変なことが多いようなら、サポートが必要な時に和歌共々ご協力しますよ」
「あ、あぁ……」
少々驚いたような心くんだったが、少しして「言ってることが和歌そっくりだ」と呟く。
「あたしの時はなんて言ってましたっけ?」
「『それは苦しいことだと思う。苦しい記憶もなくならないっていうことだから』って言ってた」
「ほんと、事細かに覚えていますね」
「それで、その記憶の件とバスの関係があるということですか?」
知歌が理事長に尋ねると理事長は「理解が早くてたすかる」と、続きを話し始める。
「家からどこに向かえばバス停があるか、バスに乗る時や降りる時にどうすればいいか、経路は、バスの行き先は、自分が降りたバス停は、そのバス停から公園へはどの道を通ったか」
「小学生にしては凄まじい情報量ですけど、それ全て覚えていたってことですよね……」
下手したら迷子になって帰れないということも普通の子になら起こりえるけれど、彼には起こり得ない。
道も経路も覚えているから。
そして、それを高校生になるまで覚えていたから。
「あの日まで真面目過ぎるくらいに真面目だったからねぇ、あの時はいなくなったって聞いて会議室から飛び出したさ」
フフッと笑いながら心くんを撫で回す理事長に、困った顔の心くん。
あの夏の暑い日、「失敗作だ」と自分で言っていた面影は、もうない。
あの時、家出したあなたと出会って、話してくれて、思い直してくれて、本当に良かったと思えた。