南の海を愛する姉妹の四重奏
戻って、来てる。
ウィニーは、みぞおちの辺りががぎゅーっとなる感じを味わわされた。
アールの子息とのダンスのはずが、いつの間にか王太子と向かい合っていたのだから、驚きとストレスで胃もおかしくなるはずだ。
冷やかな目で見おろされ、ウィニーは反射的に自分の頭をかばった。
王太子がまた、彼女の髪をめちゃめちゃにするのではないかと思ったのである。
何しろ、これまでの短い時間に、二回もぐちゃぐちゃにされたのだから。
彼は、もしかしたらウィニーがこのホールにいるのを、よく思っていないのかもしれない。
要するに、邪魔だから追い出したいのではないかと、彼女は考えた。
でなければ、これほどまでに絡んでくるはずがないのだ。
よほど庭で言い返されたのが、腹が立ったのだろう。
このような思考をしたわけだから、ウィニーが自分の髪をかばったのは当然である。
だが。
手を持ち上げた彼女の、完全に無防備になった脇に、王太子は手を回すではないか。
あれ?
予想外の行動に、ほけっとなってしまったウィニーは、気づけば自分が王太子とダンスを踊るような態勢になっているのに気づく。
引き寄せられた身体のせいで、彼の匂いが鼻孔をくすぐる。
お酒と香水が、入り混じったような匂いだ。
華やかな甘ったるい、女性のつけるような香り。
彼のイメージとは全然違うそれに、本当に王太子であるか、ウィニーが思わず顔を上げた時。
まったく息も合わないまま、彼はさっさと踊り始めてしまう。
ついていけない足を、慌てて踏み出して。
ウィニーは──王太子の足を、ぎゅうっと見事に踏んづけてしまった。
「……」
ギロリと睨まれて、慌てて足を引っ込める。
また、やってしまった。
フラの公爵であれば、さらっと流してくれるだろうが、相手は王太子だ。
足を踏んだ罪で、牢に放り込まれるか、罰でも与えられるのではないかと、ウィニーは背筋が冷たくなった。
だって、この人が勝手に。
言い訳だけなら、彼女の中には山ほどある。
心の中では、「この人」呼ばわりだ。
ずっと領地で暮らしていた彼女には、王家とか王太子と言われても、偉い人であるとは分かっているが、その程度だ。
ロアアールという土地柄もあってか、王家へ忠誠の限りを尽くせというような教育もない。
そんな赤毛の娘に対して、王太子は。
「田舎者め」
一言、冷たく言い放つと。
「……!」
その痛みに、ウィニーは飛び上がりそうになった。
足を。
踏み返されたのだ。
な、な、な、何て人!
大きな目を見開いて、ウィニーは痛みや驚きに混乱した。
公衆の面前で、女の髪をぐしゃぐしゃにする男である。
足を踏み返すなど、造作もないだろう。
見た目は、これほど冷たい気配が溢れ出しているというのに、ウィニーにやることは、余りに子どもじみてはいないか。
だから、彼女の頭に血が昇る隙間を与えてしまうのだ。
痛みと怒りと恥ずかしさで真っ赤になったウィニーは、そのまま自分が放り出されるだろうと思ったし、そうされたいと願った。
しかし、それは許されなかった。
王太子は、彼女から手を放さなかったし、冷たく不機嫌な顔のまま、踊り出してしまったのだから。
田舎者と罵れれながらも、一曲はどうしても相手をしなければならないようだ。
何なのよ、この人。
ウィニーは、何とか足を踏まずに踊りながらも、自分の理解の遥か外にいるこの男についていけずに戸惑っていた。
王族というのは、みなこんな風にぶっ飛んでいるのだろうか。
だとしたら、姉が不憫でならない。
姉がロアアールの領主になる多くの時間、こんな男や他の王族と、仕事の上とは言え、付き合わなければならないのだ。
さぞや、心労も重なることだろう。
早く、公爵のところに戻りたい
ウィニーは、回りながら自分の味方を探した。
姉とスタファは、近くを踊ってくれている。
気にかけてくれているのは、その視線からよく分かった。
一方、公爵は。
他の女性に捕まっているようで、踊りこそしていないものの、談笑しているようだ。
う。
ウィニーがピンチだというのに、悲しい現実である。
たった5人しかいない公爵の中の一人なのだから、放っておかれるはずはないのは分かるが、少しは気にかけて欲しいと願ってしまう。
とにかく、一曲終われば。
彼女は、ただそれだけを望んで、義務と割り切って踊り続けた。
そろそろ終わりだろうかと、曲を目で追いかけていると、面白くない目に睨みつけられているのに気づく。
怖いので、その目を見ないフリをして、再び周囲を見回す。
あれ。
いつの間にか、ウィニーたちは踊りの輪の端の方に来ていた。
もう、フラの公爵も見えないし、姉たちも少し遠い位置。
その代わり。
最初に馬の出て来た、奥の出入り口にとても近い。
それに気づいた直後。
強い遠心力で、ぶんと一度振り回されてよろけた。
慌てて倒れないように、王太子にしがみついてしまったウィニーは、自分の身体が勝手に歩いているのに気づく。
いや、強引なこの男の力に、引っ張られているのだ。
向かう先にあるのは、扉。
え? あ?
自分でも意味不明の、疑問符を飛ばしながら、彼女は声ひとつ出せないまま、王太子にホールを連れ出されてしまったのだった。
ウィニーは、みぞおちの辺りががぎゅーっとなる感じを味わわされた。
アールの子息とのダンスのはずが、いつの間にか王太子と向かい合っていたのだから、驚きとストレスで胃もおかしくなるはずだ。
冷やかな目で見おろされ、ウィニーは反射的に自分の頭をかばった。
王太子がまた、彼女の髪をめちゃめちゃにするのではないかと思ったのである。
何しろ、これまでの短い時間に、二回もぐちゃぐちゃにされたのだから。
彼は、もしかしたらウィニーがこのホールにいるのを、よく思っていないのかもしれない。
要するに、邪魔だから追い出したいのではないかと、彼女は考えた。
でなければ、これほどまでに絡んでくるはずがないのだ。
よほど庭で言い返されたのが、腹が立ったのだろう。
このような思考をしたわけだから、ウィニーが自分の髪をかばったのは当然である。
だが。
手を持ち上げた彼女の、完全に無防備になった脇に、王太子は手を回すではないか。
あれ?
予想外の行動に、ほけっとなってしまったウィニーは、気づけば自分が王太子とダンスを踊るような態勢になっているのに気づく。
引き寄せられた身体のせいで、彼の匂いが鼻孔をくすぐる。
お酒と香水が、入り混じったような匂いだ。
華やかな甘ったるい、女性のつけるような香り。
彼のイメージとは全然違うそれに、本当に王太子であるか、ウィニーが思わず顔を上げた時。
まったく息も合わないまま、彼はさっさと踊り始めてしまう。
ついていけない足を、慌てて踏み出して。
ウィニーは──王太子の足を、ぎゅうっと見事に踏んづけてしまった。
「……」
ギロリと睨まれて、慌てて足を引っ込める。
また、やってしまった。
フラの公爵であれば、さらっと流してくれるだろうが、相手は王太子だ。
足を踏んだ罪で、牢に放り込まれるか、罰でも与えられるのではないかと、ウィニーは背筋が冷たくなった。
だって、この人が勝手に。
言い訳だけなら、彼女の中には山ほどある。
心の中では、「この人」呼ばわりだ。
ずっと領地で暮らしていた彼女には、王家とか王太子と言われても、偉い人であるとは分かっているが、その程度だ。
ロアアールという土地柄もあってか、王家へ忠誠の限りを尽くせというような教育もない。
そんな赤毛の娘に対して、王太子は。
「田舎者め」
一言、冷たく言い放つと。
「……!」
その痛みに、ウィニーは飛び上がりそうになった。
足を。
踏み返されたのだ。
な、な、な、何て人!
大きな目を見開いて、ウィニーは痛みや驚きに混乱した。
公衆の面前で、女の髪をぐしゃぐしゃにする男である。
足を踏み返すなど、造作もないだろう。
見た目は、これほど冷たい気配が溢れ出しているというのに、ウィニーにやることは、余りに子どもじみてはいないか。
だから、彼女の頭に血が昇る隙間を与えてしまうのだ。
痛みと怒りと恥ずかしさで真っ赤になったウィニーは、そのまま自分が放り出されるだろうと思ったし、そうされたいと願った。
しかし、それは許されなかった。
王太子は、彼女から手を放さなかったし、冷たく不機嫌な顔のまま、踊り出してしまったのだから。
田舎者と罵れれながらも、一曲はどうしても相手をしなければならないようだ。
何なのよ、この人。
ウィニーは、何とか足を踏まずに踊りながらも、自分の理解の遥か外にいるこの男についていけずに戸惑っていた。
王族というのは、みなこんな風にぶっ飛んでいるのだろうか。
だとしたら、姉が不憫でならない。
姉がロアアールの領主になる多くの時間、こんな男や他の王族と、仕事の上とは言え、付き合わなければならないのだ。
さぞや、心労も重なることだろう。
早く、公爵のところに戻りたい
ウィニーは、回りながら自分の味方を探した。
姉とスタファは、近くを踊ってくれている。
気にかけてくれているのは、その視線からよく分かった。
一方、公爵は。
他の女性に捕まっているようで、踊りこそしていないものの、談笑しているようだ。
う。
ウィニーがピンチだというのに、悲しい現実である。
たった5人しかいない公爵の中の一人なのだから、放っておかれるはずはないのは分かるが、少しは気にかけて欲しいと願ってしまう。
とにかく、一曲終われば。
彼女は、ただそれだけを望んで、義務と割り切って踊り続けた。
そろそろ終わりだろうかと、曲を目で追いかけていると、面白くない目に睨みつけられているのに気づく。
怖いので、その目を見ないフリをして、再び周囲を見回す。
あれ。
いつの間にか、ウィニーたちは踊りの輪の端の方に来ていた。
もう、フラの公爵も見えないし、姉たちも少し遠い位置。
その代わり。
最初に馬の出て来た、奥の出入り口にとても近い。
それに気づいた直後。
強い遠心力で、ぶんと一度振り回されてよろけた。
慌てて倒れないように、王太子にしがみついてしまったウィニーは、自分の身体が勝手に歩いているのに気づく。
いや、強引なこの男の力に、引っ張られているのだ。
向かう先にあるのは、扉。
え? あ?
自分でも意味不明の、疑問符を飛ばしながら、彼女は声ひとつ出せないまま、王太子にホールを連れ出されてしまったのだった。