南の海を愛する姉妹の四重奏
都は、明るく美しい春の日に包まれていた。
王と5公爵の御前会合は、晴れやかに進んで行くはずだった。
カルダは、一番末席のレイシェスを見た。
彼女は、無事に個別の謁見を乗り越え、ここにいる。
落ちついた様子に、彼は安心していたのだ。
アールの小うるさい話ぶりを、ニールの老公が一言で諌めた様子を見て、他の皆がわずかに笑みを浮かべる。
そんな、決まりごとのような流れを断ち切ったのは、王の側に大臣が寄ってきたからだ。
何か、急ぎの連絡が入ったらしい。
王は。
この御前会合を邪魔してまで近づく大臣を、冷たく見つめる。
会合と情報の重みを計りにかけ、もしくだらない内容であれば、大臣であろうとも命をもって購(あがな)わせるという瞳。
王は、心が狭い。
その分、周囲は何が何でも優秀であらねばならなかった。
大臣の決死の耳打ちに、王の眉が動く。
怒りではない。
どうやら、大臣の情報はとても重要だったようだ。
公爵たちは、みな緊張した。
御前会合よりも、重大なことと理解したからだ。
レイシェスは、この状況をよく分かっていないようで、ただ表情を変えずに座している。
王の視線が、こちらに戻る。
いや。
視線は──レイシェスに向かった。
「ロアアールの娘よ」
王は、重々しく唇を開く。
嫌な、予感がした。
まさか、と。
そして。
予感は、的中する。
「ラットオージェン公が……死んだぞ」
静まり返る議場。
全員が、レイシェスを見ていた。
ロアアールの鉄壁の盾が、死んだ。
レイシェスとウィニーの父が。
どうしてもう少し、生きておいででなかったのか。
弔意よりも先に、カルダは亡き彼を叱咤した。
レイシェスは16歳の女性で、公爵となるには未熟だ。
あの、異国との玄関口であるロアアールの守護を引き継ぐには、まだまだ時間が必要である。
そして、ウィニー。
彼女は、必死に救いの手を伸ばしてきた。
母の呪縛から、逃れるために。
その手を、カルダは掴もうと決めたのだ。
きっと、ラットオージェン公であれば、カルダの希望を通してくれるだろう。
その書状を、この都にいるうちに送るつもりだった。
だが、その受け取り先は、もはやこの世にいないのである。
どちらの娘にも時間が足りないまま、彼は死んだのだ。
「さて、何をするかな?」
凍りついた会合の空気を破ったのは、王。
5公爵の一人が死んだ事を、事務処理のように扱い、レイシェスを見る。
いや、試しているのだ。
次の公爵である彼女に、たったいま父親が死んだことを聞かされた彼女に、ロアアールを全て背負わせ、その上で答えさせようとしている。
カルダは、一息ついて目を閉じた。
事前に分かっていたのならば、話のひとつもしておけただろうが、いまや彼が出来ることは何もない。
ただ、レイシェスの聡明さを信じる以外になかった。
「か…緘口令(かんこうれい)を……お願いしたく思います」
噛み合わぬ奥歯を、無理矢理一度噛み合わせた一音目。
奥歯が、がちりと強く音を立てたことに、きっと彼女自身驚いていることだろう。
死を、隠せと。
レイシェスは、最初にそう願い出た。
「いつまでだ?」
「私が領に戻り、改めて死の報告をお送りするまでお願い致します」
5公爵とひとくくりにしたところで、各領地の役割はそれぞれ違う。
特に、ロアアールは別格だ。
他国に接するかの地は、力が弱まった時には必ず隣国の攻撃を受けている。
公爵の代替わりをした時などは、必ずと言っていいだろう。
彼女はすぐに領地に戻り、防衛の強化をせねばならない。
そのためには、父親が死んだという情報が他国に漏れるのを、いまは一秒でも遅くしたいと考えているのだ。
「いますぐ帰る気か?」
ふーむと、王はひとつ鼻を鳴らした後、多くの思考を巡らせているであろうレイシェスに問いかけるのだ。
謁見会の真っ最中。
まだ、王主催の晩餐会も終わっていないこの時に、である。
答えなど、分かりきっている。
「ロアアールの一大事は……この国の一大事でございます」
言った。
レイシェスは、言いきった。
カルダは、これから大変であろう彼女のことを案じながらも、少しの安堵を覚えていた。
ロアアールの魂を、しっかりと受け継いでいることは、王だけではなく他の公爵にも伝わったはずだ。
「この国の一大事であるのならば、上手くおさめてみせよ」
王は。
追い払うように、軽く手を振った。
「また2年後に、御前に参ります……」
レイシェスは──去った。
王と5公爵の御前会合は、晴れやかに進んで行くはずだった。
カルダは、一番末席のレイシェスを見た。
彼女は、無事に個別の謁見を乗り越え、ここにいる。
落ちついた様子に、彼は安心していたのだ。
アールの小うるさい話ぶりを、ニールの老公が一言で諌めた様子を見て、他の皆がわずかに笑みを浮かべる。
そんな、決まりごとのような流れを断ち切ったのは、王の側に大臣が寄ってきたからだ。
何か、急ぎの連絡が入ったらしい。
王は。
この御前会合を邪魔してまで近づく大臣を、冷たく見つめる。
会合と情報の重みを計りにかけ、もしくだらない内容であれば、大臣であろうとも命をもって購(あがな)わせるという瞳。
王は、心が狭い。
その分、周囲は何が何でも優秀であらねばならなかった。
大臣の決死の耳打ちに、王の眉が動く。
怒りではない。
どうやら、大臣の情報はとても重要だったようだ。
公爵たちは、みな緊張した。
御前会合よりも、重大なことと理解したからだ。
レイシェスは、この状況をよく分かっていないようで、ただ表情を変えずに座している。
王の視線が、こちらに戻る。
いや。
視線は──レイシェスに向かった。
「ロアアールの娘よ」
王は、重々しく唇を開く。
嫌な、予感がした。
まさか、と。
そして。
予感は、的中する。
「ラットオージェン公が……死んだぞ」
静まり返る議場。
全員が、レイシェスを見ていた。
ロアアールの鉄壁の盾が、死んだ。
レイシェスとウィニーの父が。
どうしてもう少し、生きておいででなかったのか。
弔意よりも先に、カルダは亡き彼を叱咤した。
レイシェスは16歳の女性で、公爵となるには未熟だ。
あの、異国との玄関口であるロアアールの守護を引き継ぐには、まだまだ時間が必要である。
そして、ウィニー。
彼女は、必死に救いの手を伸ばしてきた。
母の呪縛から、逃れるために。
その手を、カルダは掴もうと決めたのだ。
きっと、ラットオージェン公であれば、カルダの希望を通してくれるだろう。
その書状を、この都にいるうちに送るつもりだった。
だが、その受け取り先は、もはやこの世にいないのである。
どちらの娘にも時間が足りないまま、彼は死んだのだ。
「さて、何をするかな?」
凍りついた会合の空気を破ったのは、王。
5公爵の一人が死んだ事を、事務処理のように扱い、レイシェスを見る。
いや、試しているのだ。
次の公爵である彼女に、たったいま父親が死んだことを聞かされた彼女に、ロアアールを全て背負わせ、その上で答えさせようとしている。
カルダは、一息ついて目を閉じた。
事前に分かっていたのならば、話のひとつもしておけただろうが、いまや彼が出来ることは何もない。
ただ、レイシェスの聡明さを信じる以外になかった。
「か…緘口令(かんこうれい)を……お願いしたく思います」
噛み合わぬ奥歯を、無理矢理一度噛み合わせた一音目。
奥歯が、がちりと強く音を立てたことに、きっと彼女自身驚いていることだろう。
死を、隠せと。
レイシェスは、最初にそう願い出た。
「いつまでだ?」
「私が領に戻り、改めて死の報告をお送りするまでお願い致します」
5公爵とひとくくりにしたところで、各領地の役割はそれぞれ違う。
特に、ロアアールは別格だ。
他国に接するかの地は、力が弱まった時には必ず隣国の攻撃を受けている。
公爵の代替わりをした時などは、必ずと言っていいだろう。
彼女はすぐに領地に戻り、防衛の強化をせねばならない。
そのためには、父親が死んだという情報が他国に漏れるのを、いまは一秒でも遅くしたいと考えているのだ。
「いますぐ帰る気か?」
ふーむと、王はひとつ鼻を鳴らした後、多くの思考を巡らせているであろうレイシェスに問いかけるのだ。
謁見会の真っ最中。
まだ、王主催の晩餐会も終わっていないこの時に、である。
答えなど、分かりきっている。
「ロアアールの一大事は……この国の一大事でございます」
言った。
レイシェスは、言いきった。
カルダは、これから大変であろう彼女のことを案じながらも、少しの安堵を覚えていた。
ロアアールの魂を、しっかりと受け継いでいることは、王だけではなく他の公爵にも伝わったはずだ。
「この国の一大事であるのならば、上手くおさめてみせよ」
王は。
追い払うように、軽く手を振った。
「また2年後に、御前に参ります……」
レイシェスは──去った。