南の海を愛する姉妹の四重奏
ロアアールの公爵家に、王宮の部屋は4つあてがわれた。
ひとつが、公爵代理であるレイシェスの部屋。
この部屋が一番広く、応接室と寝室が別々の部屋になっている。
ひとつは、召使いたちの部屋。
あとのふたつは、一緒に来た家族のための部屋だ。
謁見会は、公爵たちの義務であったが、家族を伴うことを許されていた。
家族にとっては、都への観光のような面もあり、連れて行って欲しいと願う者も多いという。
ロアアールの姉妹には、多すぎる部屋数である。
父の時代は、家族は誰もともなわなかった。
母は、極度の馬車酔いの体質で、結婚のためにロアから来たのを最後に、二度と馬車に乗らないと誓いを立てているようだ。
当然、レイシェスは後継ぎの勉強に釘付けにされていたし、ウィニーは母に反対されていた。
今回、妹がこの旅に滑り込めたのは、半ば奇跡のようなものだった。
わざわざ病床の父に、お願いに行ったというのだ。
元々、熱意のあるウィニーではあるが、今回のそれは今まで以上で。
それほど、レイシェスと王都に行きたかったのだろう。
レイシェスは、妹にとって良い姉ではないはずだ。
妹を母から守ってやることも出来ないし、こういう時に助けることも出来ないのだから。
それでも、ウィニーは彼女をとても慕ってくれる。
レイシェスは、そんな可愛い妹に、良いところへ嫁いで欲しいと願っていた。
公爵家の娘だ。
嫁ぎ先など、その気になれば引く手あまただろう。
ロアアールで不憫な人生だった分、嫁いで幸せになって欲しかった。
「姉さん…おじ様のところに行ってもいいかなぁ」
三十にも満たないフラの公爵も、妹にかかればおじ様扱い。
それに、レイシェスは苦笑しながら、妹を諌めなければならなかった。
「後で、正式にご挨拶に行くから…その時まで待って」
まだ、召使いたちは荷馬車の道具を、部屋に運び終わっていないのだ。
ようやく、長旅の疲れをふかふかのソファに座って休め始めたばかり。
王への謁見は、日程がしっかり決まっているものの、その前にやらなければならないこともある。
王太子──次期王になる者への、挨拶だ。
王太子不在の場合は、王弟などの継承1位となる。
未来の王にも、これまでと変わらず末永い忠誠を誓います、という儀式である。
レイシェスは、実践経験こそ少ないが、とにかく頭の中に多くの知識が詰め込まれていた。
そのため、数々の儀式の中に王の権威への執着が、透けて見える時がある。
しかし、この平和協定で結ばれた拳の国は、ロアアールにとっては助かるものなのは間違いなかった。
もはや、背後の心配をせずに、大陸からの圧力に防御を徹することが出来る。
更に、他家と比較してより危険な地域であることから、都より財政援助が来る。
どこよりも、兵力を抱えていなければならないためだ。
人的援助は、どの時代も拒み続けていた。
もしもの時の増援ならば受けるが、他の地域の人間を入れる事は、領地にとって良いことではないと、代々判断してきたのである。
過去に一度、王の圧力で一年だけ常駐させたことがあったらしいが、都の人間がロアアールの寒さに耐えられるはずがなく、王に泣きついて帰っていったということだ。
レイシェスが公爵になったとしても、直接軍の先頭に立つことはないだろう。
軍の将軍たちの決めたことを、承認するくらいか。
領民としては、力強い男の公爵に先頭をに率いて欲しかったことだろうが。
こればかりは、どうしようもない。
ソファに身を預け、様々なことを考えるともなく考えていたら、来客を告げるノックの音。
正確には、来客ではなく。
「フラの公爵様より、お届け物です」
赤毛の召使いがそう言うと、大きな箱が二つ運び込まれて来た。
まだ、こちらは下ろした荷物の整理に追われているというのに、向こうはもう終わったのだろうか。
届け物そのものというよりも、その速さに驚いた。
元々、この謁見会では、お互いの公爵への贈り物も当たり前のことで。
勿論、ロアアールから各公爵への品々は準備済みだった。
ウィニーが、開けたくてたまらないように箱を見ている。
その様子が、見ていて余りに明らかなので、ついぷっと吹き出してしまうほど。
「召使いを呼んで、開けてもらわなきゃね」
「忙しそうだから、私が開けてあげる」
わんわんっ!
子犬が転がる玉めがけて駆けるように、ウィニーはテーブルの上の箱の前に陣取った。
公爵家の娘が、そんなことでどうするの!
母の怒号が聞こえてきそうな気がするが、それはレイシェスの被害妄想に過ぎない。
一瞬、きょろきょろと周囲を確認してしまったが。
妹は、まったくためらわず、美しい包装を解き一つ目の箱を開ける。
「わぁ!」
箱を開けたとたん、中から艶やかな色が溢れる。
青のドレスだ。
いま、レイシェスが着ているような寒い青ではなく、深く濃い青。
まるで、想像の中の海の色のようだった。
「すごい、綺麗!」
よく見えるように、妹は箱を斜めに立ててくれた。
間違いなく──レイシェスのための衣装だということが分かる。
箱を立てたことにより、レイシェスの赤毛とその青が並んだのだ。
その残酷なまでの色の食い違いは、誰の目にも明らか。
しかし、それは逆に言えば、赤毛の多いフラの人間にとっても同じこと。
彼らは、こんなに美しい青を、似合わないという理由であきらめなければなららなかったのか。
きっと、レイシェスにその色を着て欲しくて、フラの公爵は送ったのだろう。
もうひとつの箱は。
「あれ?」
それも、やっぱりドレスだった。
暖かい緑と白の織り込まれたそのドレスは、今度は別の意味でウィニーに贈られたものだろうということが、一目で分かった。
だから、妹も変な声をあげたのだ。
フラの公爵の考えが伝わって来て、レイシェスはふふふと笑ってしまう。
ウィニーは、ドレスを見たまま驚きで動けないでいる。
「私、都へ行くって書いてなかったのに」
どうして、自分の分の贈り物があるのか、理解できていないのだ。
「そんなのは、決まっているじゃない」
可愛い妹の様子に、笑みを浮かべたまま、レイシェスは答えを教えてあげることにした。
「あなたが来てなくても、最初からそのドレスを贈ろうと思っていたからよ」
二人で手紙を送っていたのだ。
ウィニーが来ていようがいまいが、あの公爵が妹を無視するなんて思えなかった。
「あ…あは…嬉しいな」
跳ねまわって喜ぶかと思ったら、妹は少し困惑したかのような笑いを浮かべる。
「やっぱり…フラの公爵様っていい人だね」
感慨深げに、呟かれる言葉。
妹のドレスを見る瞳は、まるで亡くなった祖母を懐かしむもののように見えた。
ひとつが、公爵代理であるレイシェスの部屋。
この部屋が一番広く、応接室と寝室が別々の部屋になっている。
ひとつは、召使いたちの部屋。
あとのふたつは、一緒に来た家族のための部屋だ。
謁見会は、公爵たちの義務であったが、家族を伴うことを許されていた。
家族にとっては、都への観光のような面もあり、連れて行って欲しいと願う者も多いという。
ロアアールの姉妹には、多すぎる部屋数である。
父の時代は、家族は誰もともなわなかった。
母は、極度の馬車酔いの体質で、結婚のためにロアから来たのを最後に、二度と馬車に乗らないと誓いを立てているようだ。
当然、レイシェスは後継ぎの勉強に釘付けにされていたし、ウィニーは母に反対されていた。
今回、妹がこの旅に滑り込めたのは、半ば奇跡のようなものだった。
わざわざ病床の父に、お願いに行ったというのだ。
元々、熱意のあるウィニーではあるが、今回のそれは今まで以上で。
それほど、レイシェスと王都に行きたかったのだろう。
レイシェスは、妹にとって良い姉ではないはずだ。
妹を母から守ってやることも出来ないし、こういう時に助けることも出来ないのだから。
それでも、ウィニーは彼女をとても慕ってくれる。
レイシェスは、そんな可愛い妹に、良いところへ嫁いで欲しいと願っていた。
公爵家の娘だ。
嫁ぎ先など、その気になれば引く手あまただろう。
ロアアールで不憫な人生だった分、嫁いで幸せになって欲しかった。
「姉さん…おじ様のところに行ってもいいかなぁ」
三十にも満たないフラの公爵も、妹にかかればおじ様扱い。
それに、レイシェスは苦笑しながら、妹を諌めなければならなかった。
「後で、正式にご挨拶に行くから…その時まで待って」
まだ、召使いたちは荷馬車の道具を、部屋に運び終わっていないのだ。
ようやく、長旅の疲れをふかふかのソファに座って休め始めたばかり。
王への謁見は、日程がしっかり決まっているものの、その前にやらなければならないこともある。
王太子──次期王になる者への、挨拶だ。
王太子不在の場合は、王弟などの継承1位となる。
未来の王にも、これまでと変わらず末永い忠誠を誓います、という儀式である。
レイシェスは、実践経験こそ少ないが、とにかく頭の中に多くの知識が詰め込まれていた。
そのため、数々の儀式の中に王の権威への執着が、透けて見える時がある。
しかし、この平和協定で結ばれた拳の国は、ロアアールにとっては助かるものなのは間違いなかった。
もはや、背後の心配をせずに、大陸からの圧力に防御を徹することが出来る。
更に、他家と比較してより危険な地域であることから、都より財政援助が来る。
どこよりも、兵力を抱えていなければならないためだ。
人的援助は、どの時代も拒み続けていた。
もしもの時の増援ならば受けるが、他の地域の人間を入れる事は、領地にとって良いことではないと、代々判断してきたのである。
過去に一度、王の圧力で一年だけ常駐させたことがあったらしいが、都の人間がロアアールの寒さに耐えられるはずがなく、王に泣きついて帰っていったということだ。
レイシェスが公爵になったとしても、直接軍の先頭に立つことはないだろう。
軍の将軍たちの決めたことを、承認するくらいか。
領民としては、力強い男の公爵に先頭をに率いて欲しかったことだろうが。
こればかりは、どうしようもない。
ソファに身を預け、様々なことを考えるともなく考えていたら、来客を告げるノックの音。
正確には、来客ではなく。
「フラの公爵様より、お届け物です」
赤毛の召使いがそう言うと、大きな箱が二つ運び込まれて来た。
まだ、こちらは下ろした荷物の整理に追われているというのに、向こうはもう終わったのだろうか。
届け物そのものというよりも、その速さに驚いた。
元々、この謁見会では、お互いの公爵への贈り物も当たり前のことで。
勿論、ロアアールから各公爵への品々は準備済みだった。
ウィニーが、開けたくてたまらないように箱を見ている。
その様子が、見ていて余りに明らかなので、ついぷっと吹き出してしまうほど。
「召使いを呼んで、開けてもらわなきゃね」
「忙しそうだから、私が開けてあげる」
わんわんっ!
子犬が転がる玉めがけて駆けるように、ウィニーはテーブルの上の箱の前に陣取った。
公爵家の娘が、そんなことでどうするの!
母の怒号が聞こえてきそうな気がするが、それはレイシェスの被害妄想に過ぎない。
一瞬、きょろきょろと周囲を確認してしまったが。
妹は、まったくためらわず、美しい包装を解き一つ目の箱を開ける。
「わぁ!」
箱を開けたとたん、中から艶やかな色が溢れる。
青のドレスだ。
いま、レイシェスが着ているような寒い青ではなく、深く濃い青。
まるで、想像の中の海の色のようだった。
「すごい、綺麗!」
よく見えるように、妹は箱を斜めに立ててくれた。
間違いなく──レイシェスのための衣装だということが分かる。
箱を立てたことにより、レイシェスの赤毛とその青が並んだのだ。
その残酷なまでの色の食い違いは、誰の目にも明らか。
しかし、それは逆に言えば、赤毛の多いフラの人間にとっても同じこと。
彼らは、こんなに美しい青を、似合わないという理由であきらめなければなららなかったのか。
きっと、レイシェスにその色を着て欲しくて、フラの公爵は送ったのだろう。
もうひとつの箱は。
「あれ?」
それも、やっぱりドレスだった。
暖かい緑と白の織り込まれたそのドレスは、今度は別の意味でウィニーに贈られたものだろうということが、一目で分かった。
だから、妹も変な声をあげたのだ。
フラの公爵の考えが伝わって来て、レイシェスはふふふと笑ってしまう。
ウィニーは、ドレスを見たまま驚きで動けないでいる。
「私、都へ行くって書いてなかったのに」
どうして、自分の分の贈り物があるのか、理解できていないのだ。
「そんなのは、決まっているじゃない」
可愛い妹の様子に、笑みを浮かべたまま、レイシェスは答えを教えてあげることにした。
「あなたが来てなくても、最初からそのドレスを贈ろうと思っていたからよ」
二人で手紙を送っていたのだ。
ウィニーが来ていようがいまいが、あの公爵が妹を無視するなんて思えなかった。
「あ…あは…嬉しいな」
跳ねまわって喜ぶかと思ったら、妹は少し困惑したかのような笑いを浮かべる。
「やっぱり…フラの公爵様っていい人だね」
感慨深げに、呟かれる言葉。
妹のドレスを見る瞳は、まるで亡くなった祖母を懐かしむもののように見えた。