南の海を愛する姉妹の四重奏
 ウィニーは、ラットオージェン家のオマケである。

 彼女自身、自分のことをそう思っていた。

 姉のレイシェスさえいれば、あの家は成り立つ。

 その代わり、ウィニーは自由気ままに生きることが出来た。

 祖母が亡くなって、本当にオマケの自分を痛感してはいたが、彼女にはフラと手紙のやりとりがあった。

 遠い地の人だが、それでもフラの公爵のことは、母よりも近い人だと思っていたのだ。

 それに、姉が参加してきた時は、本当は少し落ち込んだ。

 フラとの手紙は、赤毛の自分の唯一の特権だと思っていたから。

 文通相手を、取られる気がした。

 けれど、姉はあの母の愛を、良くも悪くも一身に受けている人で。

 いつか重圧に壊れてしまうのではないかと、子どもの時からとても心配していた。

 そんなレイシェスに、こんなくだらないことで文句を言うことも出来ず、届けられる2通の手紙の内の1通で我慢することを、ウィニーは少しずつ覚えていったのだ。

 そんな時、姉が王都へ行くこととなった。

 父の代理だ。

 フラの公爵にも会えるだろうし、王都にも行ってみたかったウィニーは、いつもより何倍も母と戦った。

 しかし、やはり母が折れることはありえず、ついに彼女は病床の父に泣きついたのだ。

 きっとこれが、最後の王都になるでしょう、どうかお願いしますと。

 すっかり病でやつれた父は、しばらくじっと彼女の顔を見たかと思うと、「分かった」と言ってくれたのだ。

 王都へ行ける、そしてフラの公爵に会える!

 ウィニーは、心震わせた。

 嬉しさの余り、部屋のベッドで枕に顔を埋めて泣いてしまったくらいだ。

 生まれて初めての、嬉し泣きだった。

 泣くほど喜ぶ理由は、ちゃんとある。

 彼女には、この王都で成すべきことがあったからだ。

 自分の、今後の人生のために。

 ウィニーは、オマケとは言え公爵の娘だ。

 15歳だが、公爵になる姉とは違い、そう遠くなく結婚してもおかしくないだろう。

 姉の結婚は、とにかく乗り越えるべき壁が高い。

 公爵の夫になるということは、ロアアールの政治に関わる可能性があるからだ。

 保守的で防御に徹した冬の国を守るため、両親はおそらく多くの候補の中から、相手を厳選中だろう。

 そんな時、召使いが奇妙な噂をウィニーの耳に入れた。

 この召使いは、元々祖母に仕えていた者で、フラから一緒に来た召使いの孫に当たる。

 残念ながら、赤毛には生まれなかったが、祖母にウィニーを守るよう頼まれたらしく、普通の召使い以上に尽くしてくれた。

 その召使いが仕入れてきた噂は──ウィニーはアール(西)の公爵家に嫁がせようか、というものだった。

 母の召使いから、流れてきたものだという。

 アール!

 よりにもよってアールなのだ、あのアール!

 ロアアールと領地を接し、農業に恵まれた肥沃な土地を持つ地。

 そして、何度となく食料のことで、父を悩ませたところだ。

 そういう意味で、ウィニーはアールが一番嫌いだった。

 これまで、ロアアールからアールに嫁いだ者はいない。

 逆もまた然り。

 たとえ食料の件があったとしても、誇り高いロアアールは、アールには媚びない。

 そんな、これまでの先祖が示してきた規範が、こんなところで崩されようとしているのだ。

 いや、ウィニーにとって、規範など本当はどうでもいい。

 しかし、これまでの公爵同士の関係を考えると、嫁いだところで冷遇されるのは目に見えている。

 そして、彼女の輿入れが、食料の安定供給にはおそらくつながらないだろう。

 それを分かっていながらアールの話を出すということは、母はただ単に、ウィニーを視界から消してしまいたいのだ。

 ロアアールでは、頻繁に顔を合わせることになるかもしれないし、自分の故郷であるロア(北)に嫁にやるのはもっての他。

 ならば、アール(西)。

 母には、政治的才能はない。

 そのため、そんな単純な消去法で出した考えだったのだろう。

 しかし、冗談抜きでやりかねない人だとも思っていた。

 だからこそ、ウィニーは何が何でも王都へ行こうと考えたのだ。

 父に、「これが最後かも」と言ったのも、2年後は嫁いでいるかもしれないという意味を匂わせたのである。

 だが、それはアールにではない。

 その相手を自力で探すため、彼女はここにいるのだ。

 ウィニーは、母の思い通りにだけはなるものかと、心に決めている。

 自分の人生は、自分で見つけて切り開くのだ。

 女の人生が、嫁ぎ先で決まるというのなら、それを自分で探しだす最後のチャンスがここなのである。

 15歳。

 姉のレイシェスほどの美貌もなく、素晴らしいプロポーションも才能もない。

 しかし、とにかく前向きな行動力だけはあった。

 どれほど姉が美しくても、未来の公爵になる人を、勝手に手折ることは許されない。

 姉に求婚出来ない人の中で、公爵の娘ならもらいたいと思う人は、きっといるはず。

 多少見劣りはするが、ウィニーは丈夫だし、きっとたくさん子どもも産めるだろう。

 何色の髪の子が産まれても、可愛がるんだー。

 それは、彼女が子どもの頃から想像していたこと。

 そして、これが──ウィニーが王都へ来た理由と決意だった。

 姉には、絶対内緒だ。

 アールに嫁がせられるかもしれないと聞いても、苦しめるだけ。

 だって、姉さんは母さんには逆らえないもの。

 その残酷な現実は、子どもの頃から知っている。

 どんなにつらくても、姉に泣きつかないのは、どうにも出来ないのが分かっているから。

 母からの重圧に耐えているレイシェスに、これ以上負担はかけられない。

 だから、ウィニーは泣きつく相手を、外に求めたのだ。

 自分を愛して、大事にしてくれる人。

 そんな人が、誰か一人でもいてくれたら──それが、彼女の乙女らしい夢だった。

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