南の海を愛する姉妹の四重奏
「どうして……こんなことを、妹に強いなければならないのでしょう」

 ウィニーをさがらせた後、レイシェスは執務席に両手をついて、己の無力さに苦しまなければならなかった。

 スタファにも、さがってもらおうとしたのだが、彼はまだ自分に用事があると言い張り、すぐそこに残っている。

 だが、そんなものが口実であることくらい、レイシェスは分かっていた。

 いまこの瞬間で言えば、彼女は妹よりもひしゃげていたのだ。

 一番大変なのは、ウィニー自身だというのに。

 そのひしゃげは、強い重力となってレイシェスの背中にのしかかる。

 崩れてしまわないように、己の執務席に支えてもらわなければならないほどに。

「さっさと、前線で見殺してしまう手もありますよ」

 スタファの方が、冷酷だった。

 いや、彼は怒っている。

 ウィニーの困難の源となった王太子に怒りを覚えているからこそ、言ってはならない冷酷な言葉までも出てくるのだ。

 そんなことが出来たら、どんなに楽か。

 だが、たとえ王太子が自ら選択したことであったとしても、王はロアアールを許さないだろう。

 その代償が、どれほどロアアールの利益に反するか。

 そんなロアアールの損害を、身体を張って妹が軽減するというのだ。

 王太子が死ぬ時──妹も生きていないかもしれない。

 一蓮托生の鎖を、あんな男と結ぼうとしているのだ。

 こんなことなら。

 無理矢理にでも、フラの公爵の元へ嫁がせるべきだった。

 自分を助けると言ったウィニーの心が嬉しくて、レイシェスはその手を強く握ってしまったのだ。

 それは、自分の弱さだったのだと、痛いほどに思い知らされる。

 文字通り、命を賭けてロアアールを守ると、妹が強く心を決めてしまうほど。

「見殺しに出来ないのならば……死ぬ確率を下げるしかないでしょう」

 打ちひしがれるレイシェスに、スタファはため息とも呟きともつかぬ声でそう言った。

 机に手をついたまま、彼女は顔を上げる。

 しぶしぶと言った表情ではあるが、スタファには策があるようだ。

「王太子を、攻撃のアーネル将軍の指揮下に置くことです」

 攻撃だろうが防衛だろうが、前線は前線だ。

 向こうが押し上げてくる戦線を突破して、蹴散らすことを得意とする攻撃の将軍の下ならば、王太子と近衛兵が少々問題を起こしたところで崩れにくい。

 更に。

 アーネル将軍の指揮下には──スタファも入る予定だ。

 彼が、王太子とウィニーの、目付けになってくれるというのである。

 王太子の暴走を抑え、妹を生かすために。

 他よりも安全な前線を、彼が作ると言う。

 レイシェスが行く事の出来ない現場で、妹の助けになってくれるのだと。

 手を、離す。

 机ごときに支えられていた細い自分の身を、そこから離して立つ。

 彼女は、赤毛の男を見上げた。

 フラの公爵よりも熱く、厳しい思考をしている彼が、ここまでロアアールの未来に尽くしてくれる。

 普通ならば、決してありえないことだ。

 だが、彼はレイシェスに深い好意を持ってくれている。

 本来であれば、北西と南の地。

 会わないまま、一生を終えてもおかしくないはずの距離。

 祖母が嫁ぐ運命となった日──孫であるレイシェスにもまた、今日という日が運命となったのだ。

 心が、わななく。

『ありがとう』などという言葉では、決して言い表すことの出来ない思いが、彼女の心を強く震わせる。

 これを。

 この気持ちを、愛と呼ばずして何と呼ぶのだろうか。

「妹を……どうかお願い致します」

 だが、その思いを震える唇の中に押し込む。

 まだ、何一つ解決していない今、それを音にしてしまうことは、レイシェスには出来なかった。

 誰かの命の安寧さえ、確約出来ない現状は、甘い心を許してはくれないのだ。

「貴女を守るのと同じ気持ちで、ウィニーを守りましょう」

 スタファは、彼女に触れることはなかった。

 ただ。

 苦しい心を。

 強く。

 抱きしめられた気がした。

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