南の海を愛する姉妹の四重奏
ウィニーは、顔が冷たくて目が覚めた。
視界は薄暗く、日暮れなのか夜明けなのか、すぐには分からない。
横になったまま首を動かすと、小さな天幕の中に一人で寝ているようだった。
毛布が何枚もかけられていて重かったが、そのおかげか顔以外は寒くはなかった。
天幕の外では、人の声はしているが少し遠い。
何で寝ていたんだろう。
ウィニーは、過去から今までの時の流れをたどろうとしたが、どうにもうまくいかない。
進軍の途中で、王太子とお酒の事でもめた辺りから、すっかり記憶がなくなっていたのだ。
その後に残されているのは、少しの頭痛とゆらゆら揺れていた感覚だけ。
破廉恥な方法で、無理やり飲まされた気がする。
大勢の目の前で。
いたたまれなくて死にたくなるというのは、きっとこういう感覚なのだとウィニーは、存分に味わわされた。
しかし、いつまでもこうしているわけにもいかず、彼女はようやく覚悟を決め、ごそごそと毛布を這い出た。
天幕の外へと、そーっと顔を出す。
「お目ざめになられましたか」
彼女の天幕の両側には、ロアアールの兵士が立っていた。
声こそ低いが、とても嬉しそうな響きで敬礼と共に語りかけられる。
「お加減はいかがでしょうか」
「すぐ補佐官殿をお呼び致します」
一人はウィニーの体調を気遣い、もう一人は別の天幕へと駈け出して行く。
静かな者の多いロアアールの兵士にしては、妙に高揚しているように見える。
カンテラを片手にやってきた補佐官もまた──微笑んでいるように見えた。
※
天幕に持ち込まれたのは、カンテラと──夕食。
ということは、日暮れということだ。
ウィニーは温かいシチューの皿を抱えながら、記憶のない間の話を聞き出そうとした。
「そうですか、覚えておられないのですか」
苦笑を浮かべた彼は、一度目を伏せた。
何から話したものかと、考えているようにも見える。
「お嬢さまは、王太子殿下に無理にお酒を飲まされて前後不覚になられていたので、荷車にお乗せして進軍を続けました」
ロアアール人は、地に足をつけた人たちが多い。
補佐官もまた、その一人だ。
軍人という肩書もあるだろうが、彼は正しい事実をきちんと並べ、記憶のない時間の間を簡単に埋めてくれた。
ということは、ウィニーが酒でおかしくなっても、軍の行動が阻害されたわけではないようだ。
とりあえず、それにほっとする。
しかし、『無理やりにお酒を飲まされて』のくだりが、全てを見られていたのだという証明だとも思い知った。
みんなは、どう思っただろう。
よく思うはずがない。
ウィニーが王太子の側室に、という話が会議で問題になった時の空気を思い出す。
まさに、『とんでもない』という風だった。
ロアアールの血は、一滴もイスト(中央)にはやらない。
それを誇りと思って、この地のために命を賭けて戦っている軍人たちの前で、公爵家の娘が王太子に唇を奪われる。
まだ、噛まれた方がマシだったろう。
「軍の士気を……そいでしまったわよね」
両肩が、ずっしりと重くなった気がする。
やむを得ず、王太子とともに前線に出てきたウィニーではあるが、軍事的知識も乏しい彼女がしゃしゃり出て、軍はもともと迷惑に思っていたはずだ。
そこへ、この騒ぎである。
ウィニーが軍人の立場だったら、きっとがっかりしてしまっただろう。
「お嬢様……お嬢様は、正しいことをされました」
補佐官は、ウィニーをかばってくれた。
何が正しいことかは分からないが、彼女のせいではないと言ってくれているのだろう──そう思ったのだ。
「覚えておいでではないでしょうが、お嬢様はふたつのことをなさいました。ひとつは、王太子殿下を張り倒されたこと」
え? 張りたお、えっ!?
突飛な話の展開に、彼女がついていけずにいる間に、補佐官の話は続く。
「これにより、お嬢様は公爵家の人間として、女性として身の潔白を証明されました」
要するに、ウィニーが望んで王太子の口付けを受けたわけではないのだと、まさにとんでもないことで証明してしまったというわけだ。
あの王太子が、張り倒したウィニーを許すはずがない。
まず、最低基準が張り倒し返すで、勿論そこから王太子補正が加わる。
しかし、ウィニーの頬は痛くも何ともなかった。
「そしてもうひとつは……不埒な殿下に、説教されたことです」
ウィニーは、遠い目をしてしまう。
もはや、自分が生きて公爵家に帰ることはないかもしれないと、覚悟はともかく理解は出来た気がしたのだ。
王太子に対し、張り倒した上に説教をしたというのだから。
よくその場で、手打ちにならなかったものだ。
そちらの方が、よっぽど不思議だった。
だが。
「おかげで……ロアアール軍の士気は、いま最大に跳ね上がっておりますよ」
補佐官は、信じられないことを付け足したのである。
「いまのこの軍は、みな、お嬢様のために命を捨てられるでしょう」
イストの象徴である王太子に、面と向かって歯向かってみせた──ウィニーの行動は、予想外の方向へと転がりだしていたのだった。
視界は薄暗く、日暮れなのか夜明けなのか、すぐには分からない。
横になったまま首を動かすと、小さな天幕の中に一人で寝ているようだった。
毛布が何枚もかけられていて重かったが、そのおかげか顔以外は寒くはなかった。
天幕の外では、人の声はしているが少し遠い。
何で寝ていたんだろう。
ウィニーは、過去から今までの時の流れをたどろうとしたが、どうにもうまくいかない。
進軍の途中で、王太子とお酒の事でもめた辺りから、すっかり記憶がなくなっていたのだ。
その後に残されているのは、少しの頭痛とゆらゆら揺れていた感覚だけ。
破廉恥な方法で、無理やり飲まされた気がする。
大勢の目の前で。
いたたまれなくて死にたくなるというのは、きっとこういう感覚なのだとウィニーは、存分に味わわされた。
しかし、いつまでもこうしているわけにもいかず、彼女はようやく覚悟を決め、ごそごそと毛布を這い出た。
天幕の外へと、そーっと顔を出す。
「お目ざめになられましたか」
彼女の天幕の両側には、ロアアールの兵士が立っていた。
声こそ低いが、とても嬉しそうな響きで敬礼と共に語りかけられる。
「お加減はいかがでしょうか」
「すぐ補佐官殿をお呼び致します」
一人はウィニーの体調を気遣い、もう一人は別の天幕へと駈け出して行く。
静かな者の多いロアアールの兵士にしては、妙に高揚しているように見える。
カンテラを片手にやってきた補佐官もまた──微笑んでいるように見えた。
※
天幕に持ち込まれたのは、カンテラと──夕食。
ということは、日暮れということだ。
ウィニーは温かいシチューの皿を抱えながら、記憶のない間の話を聞き出そうとした。
「そうですか、覚えておられないのですか」
苦笑を浮かべた彼は、一度目を伏せた。
何から話したものかと、考えているようにも見える。
「お嬢さまは、王太子殿下に無理にお酒を飲まされて前後不覚になられていたので、荷車にお乗せして進軍を続けました」
ロアアール人は、地に足をつけた人たちが多い。
補佐官もまた、その一人だ。
軍人という肩書もあるだろうが、彼は正しい事実をきちんと並べ、記憶のない時間の間を簡単に埋めてくれた。
ということは、ウィニーが酒でおかしくなっても、軍の行動が阻害されたわけではないようだ。
とりあえず、それにほっとする。
しかし、『無理やりにお酒を飲まされて』のくだりが、全てを見られていたのだという証明だとも思い知った。
みんなは、どう思っただろう。
よく思うはずがない。
ウィニーが王太子の側室に、という話が会議で問題になった時の空気を思い出す。
まさに、『とんでもない』という風だった。
ロアアールの血は、一滴もイスト(中央)にはやらない。
それを誇りと思って、この地のために命を賭けて戦っている軍人たちの前で、公爵家の娘が王太子に唇を奪われる。
まだ、噛まれた方がマシだったろう。
「軍の士気を……そいでしまったわよね」
両肩が、ずっしりと重くなった気がする。
やむを得ず、王太子とともに前線に出てきたウィニーではあるが、軍事的知識も乏しい彼女がしゃしゃり出て、軍はもともと迷惑に思っていたはずだ。
そこへ、この騒ぎである。
ウィニーが軍人の立場だったら、きっとがっかりしてしまっただろう。
「お嬢様……お嬢様は、正しいことをされました」
補佐官は、ウィニーをかばってくれた。
何が正しいことかは分からないが、彼女のせいではないと言ってくれているのだろう──そう思ったのだ。
「覚えておいでではないでしょうが、お嬢様はふたつのことをなさいました。ひとつは、王太子殿下を張り倒されたこと」
え? 張りたお、えっ!?
突飛な話の展開に、彼女がついていけずにいる間に、補佐官の話は続く。
「これにより、お嬢様は公爵家の人間として、女性として身の潔白を証明されました」
要するに、ウィニーが望んで王太子の口付けを受けたわけではないのだと、まさにとんでもないことで証明してしまったというわけだ。
あの王太子が、張り倒したウィニーを許すはずがない。
まず、最低基準が張り倒し返すで、勿論そこから王太子補正が加わる。
しかし、ウィニーの頬は痛くも何ともなかった。
「そしてもうひとつは……不埒な殿下に、説教されたことです」
ウィニーは、遠い目をしてしまう。
もはや、自分が生きて公爵家に帰ることはないかもしれないと、覚悟はともかく理解は出来た気がしたのだ。
王太子に対し、張り倒した上に説教をしたというのだから。
よくその場で、手打ちにならなかったものだ。
そちらの方が、よっぽど不思議だった。
だが。
「おかげで……ロアアール軍の士気は、いま最大に跳ね上がっておりますよ」
補佐官は、信じられないことを付け足したのである。
「いまのこの軍は、みな、お嬢様のために命を捨てられるでしょう」
イストの象徴である王太子に、面と向かって歯向かってみせた──ウィニーの行動は、予想外の方向へと転がりだしていたのだった。