南の海を愛する姉妹の四重奏
 公爵邸で出迎えてくれた姉は、温かだった。

 ねぎらいの言葉は惜しみなく、そして、最高の看護の手を尽くしてくれた。

 先に帰還した王太子について問うと、「もうイスト(中央)に帰られました」という冷たい返事が返された。

 その冷たさは、ウィニーに対してではなく、王太子に向けられたもの。

 それきり、彼の話は終わりとなった。

 フラ軍は、ロアアール軍とその町民たちにもてなされ、あちこちで祝杯をあげているという。

 一週間後には帰路に着くと、部屋に見舞いに来てくれたスタファが言っていた。

「そっか、スタファ兄さん……帰っちゃうんだ」

 彼とはイストで出会って、それからバタバタと物凄い速さでここまで過ごしてきた気がする。

 濃密な時間だった。

 それが、ついに終わりになるのだ。

 スタファは、頼りになる男だった。

 いるだけで心強く、ウィニーの心の支えになってくれる。

 王太子とは、真反対の存在だ。

 彼女の意識がない間、ずっと手を握ってくれていたと、後から人づてで聞いた時、深く感謝と理解したことがある。

 この人は、自分の持てる精一杯を、人に尽くせるのだと。

 愛は姉に捧げているが、それ以外で出来る限りのことは、ウィニーにも尽くしてくれた。

 本当の妹のように可愛がってくれた。

 そんな人と、離れ離れになってしまうのだ。

 寂しくないはずがない。

「スタファ兄さんにも、手紙を書くね」

 手紙を書く相手が、一人増えた。

 ウィニーは、そう前向きに自分を慰めようとした。

 スタファは枕もとに歩み寄り、うつぶせに寝たままの彼女の頭をくしゃっと撫でる。

「また来るつもりだ……そう遠くなく、な」

 意味深に、彼は笑った。

 ウィニーは、それにへへと笑い返す。

 思い当たることが、あったのだ。

 スタファは、姉のレイシェスを愛している。

 心だけでもなく、その身もロアアールに捧げても構わないと思っている。

 ここに、婿に来る気満々なのだ。

 それが分かったので、ウィニーも笑ってしまった。

 もはや、何の障害もないように思えた。

 母は隠居させられ、姉が公爵の地位に就けば、スタファを婿にすることは、そう難しいことではない気がしたのだ。

 今回の防衛戦でも、素晴らしい働きをした彼ならば、親戚もそれほど文句をつけないだろう。

 兄さんと呼んでいた言葉が、本物になる。

 ウィニーは、それがそう遠くない日に来るのだと信じた。

 信じて、スタファと別れた。

 そう。

 信じていたのに。

 それは──やってきた。

 二つの贈り物と共に、やってきてしまったのだ。

 ※

 ウィニーの背中の傷はかなり癒え、ようやく一人で動きまわれるようになった頃。

 少し髪の伸びた姉が、青い顔で彼女の部屋に現れる。

「ウィニー……イスト(中央)から、『私達』に贈り物が贈られました」

 侍女たち全てを人払いし、二人きりになった時、彼女はこう語り始めたのだ。

『私達』

 その言葉が、異質だった。

『ロアアール』や『私』という言葉であったら、ウィニーも簡単に飲み込めただろう。

 姉は、間もなく公爵になる人間だ。

 防衛戦の功罪は全て姉に寄与し、それにまつわる賞罰もまた、姉に寄与するのだから。

「私には、今回の防衛戦の圧勝の功績で。あなたには……反逆者から王太子の命を守った功績で」

 姉の目は、わずかも緩められない。

 まばたきさえ忘れたかのような姉の美しい迫力に、ウィニーはただ黙って聞いているしか出来ない。

「二つの物を贈って下さるそうよ……私達姉妹が、そのどちらを受け取るかは、こちら側で好きに決められるとも」

 姉は、拳を強く握る。

「ウィニー……悪いのだけれど、私が先に選んでいいかしら?」

 姉の目が、笑みを浮かべられないでいる。

 嫌な予感が、いっぱいに押し寄せてきた。

 姉が、ウィニーよりもいいものを先にもらおうと思っているなんて、とても想像できないのだ。

 だから、ちぎれんばかりに首を横に振った。

「姉さん、それは駄目」

 ウィニーの声は、受け取られない。

 姉は、彼女とは対照的に静かに首を横に振る。

「ウィニー……私は、贈り物である『あの男』を、婿にもらうことにしたわ」

 意味は、よく分からなかった。

 だが。

 一瞬で、スタファが遠くなったことだけは──分かった。



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