南の海を愛する姉妹の四重奏
 二つの贈り物。

 レイシェスにとって、それは悪魔の贈り物に見えた。

 姉妹でひとつずつ、好きな方を選べ。

 贈り物のひとつは、財宝。

 ロアアールの、年間税収にも匹敵するその目録は、レイシェスの心を動かしはしなかった。

 くれるというのであれば、有用に使わせてもらう、くらいの話だ。

 しかし、もう一つの贈り物は、『人』だった。

 肩書としては、王の二番目の息子となっていた。

 その王子を、ロアアールの姉妹どちらかの婿として、贈るとなっていたのだ。

 何と馬鹿げたことを。

 レイシェスは、呆れかえった。

 ただ、呆れただけだった。

 どうやってあしらおうかと考えながら、もうひとつ届いたイストからの書状を開けたのだ。

 こちらも、王の署名による重要な通達書だった。

 そして、レイシェスは愕然としたのだ。

 そこには、こう書いてあったのだ。

 現王太子を廃嫡する、と。

 二番目の息子から、三番目の息子に王太子が代わることが、事務的な言葉でつづられていたのである。

 刹那。

 あああああああああああ。

 彼女の心の中で、獣が吠えた。

 自分の中に、こんな猛々しい生き物がいるなんて思ってもみなかった。

 王太子は──いや、『あの男』は、王太子をやめたのだ。

 王太子という地位を投げ捨て、ロアアールに婿に来ると決めたのである。

 あの時。

 彼は、贈り物をすると言っていた。

 それは、自分自身のことだったのだ。

 どうやって、父である王を説得したのかは分からない。

 しかし、本人が『次の王になる気がない』という意思を告げれば、王も無理に押しとどめておくような人間とは思えなかった。

 この国にとって、何らかの益を示せば、交代は厭わないだろう。

 何らかの益。

 その取り引きに、あの男はロアアールを使ったに違いない。

『ロアアールを乗っ取る』だったのか『ロアアールを従順にする』だったのかは、分からない。

 しかし、それに近いことだったのではないかと、レイシェスは推測した。

 王太子を捨ててまで、この地に降嫁ならぬ降婿するというのだ。

 王家の威信に賭けても、絶対に向こうは断らせる気はないだろう。

 しかも。

 次の公爵である、レイシェス自身の夫でなくともよいと言っているのだ。

 そここそが、あの男が狙っている部分なのだと、痛いほど分かる。

 ウィニーだ。

 欲しがっているのは、彼女の妹。

 これまで、あの男はずっと、ウィニーに固執してきたではないか。

 贈り物は姉妹で分けろなどという戯言が書状には書いてあるが、彼は最初から贈り物は妹に送ると言っていた。

 レイシェスの名が載っているのは、王太子だった男を婿に出すのに、ロアアールの公爵となる姉を無視するわけにはいかなかったからだろう。

 こちら側が、ウィニーの婿にと選択すれば、それで丸くおさまるとでも言わんばかりに。

 更に、ロアアール側としても、面目躍如だろうと言われている気がした。

 元王太子を爵位も継がぬ妹の婿に降ろさせたという、対外的な優位を示せるのだから。

 それは、どれほどの威光を放つことだろうか。

 たとえその裏に、どれだけのドス黒い計算が渦巻いていようとも。

 レイシェスは、書状を見つめたまま静養中のウィニーのことを思った。

 これまで、妹はどれほど王太子のために、その小さな身を張っただろうか、と。

 向こうが、妹に固執しすぎていたため、レイシェスではどうしようもなかった。

 だが。

 彼女の瞳に、炎が生まれる。

 それは、怒りでもあり、身体の奥底から湧き上がってくる、ロアアールの血の力でもあった。

 だが、今回は違うではないか、と。

 姉妹のどちらでも、好きな方を選べと書いてあった。

 その戯れを、逆手に取る手が、ひとつだけあったのだ。

 レイシェスが、あの男を婿にもらうこと。

 彼女自身の手で、夫になるあの男を、半ば幽閉する気で制御すれば、これ以上、妹を苦しめることはない。

 ロアアールと妹のことを考えると、もはやそれしかないと考えたのである。

 たとえこれが。

 意識の中に、赤い髪の男がよぎる。

 彼女に向かい、優しく微笑みかけてくれる男。

 たとえこれが、自分の望む結婚でなかったとしても。

 レイシェスは、頭を打ち振った。

『自分は、ロアアールの次の公爵である』と、言い聞かせる。

 最初から、結婚もその中のひとつに過ぎないのだ。

 ロアアールと妹を犠牲にしてまで、優先する『私』などない。

 ああ、ああ。

 だからと言って、決してイストを憎むまいと、レイシェスは心の中で悲痛に叫ぶ。


「ウィニー……私は、贈り物である『あの男』を、婿にもらうことにしたわ」


 これを、好機とするのだ。

 これを、ロアアールの最大の強みにするのだ。

 そのために、自分はこの選択をするのだ、と。


 これこそが──公爵の仕事。


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