南の海を愛する姉妹の四重奏
王都に到着したウィニーは、まっすぐにブランスカ伯の屋敷に向かった。
短い期間だが、彼女が避難先としてお世話になったところだ。
王宮に行くためのツテが、それ以外に思いつかなかったのである。
ロアアールは、特にイストとの結びつきが弱いために、フラの血を頼ることとなった。
フラの公爵のはとこであり、ウィニーのはとこでもある赤毛のラーレ。その夫の名前を使い、王太子に出会えるよう働きかけてもらったのである。
あっさりと許可が出て、拍子抜けしたくらいだ。
だが、呼び出された場所は、王太子の後宮である。
女性以外、入ることの許されないその空間に、ウィニー一人を呼び出したのだ。
『あんまり、いいところじゃございませんわぁね』
赤毛のはとこに見送られながら、しかし、彼女は王宮へと向かった。
気負い過ぎて、緊張で肩がガチガチになっているウィニーを出迎えたのは、やはり赤毛の、『南長』と呼ばれた女性だった。
王太子にボロボロにされた髪を、美しく整えてくれた人。
「いま、後宮はごたごたしておりますが、どうぞ」
ごたごたで、彼女も疲れたのだろうか。
南長は、ふくよかだった頬を少し細くしている気がした。
案内されて歩いた長い廊下の先では、暗い表情をした女性たちとすれ違う。
大きな荷物を、抱えて出てくる人たちもいた。
ああ、そうか。
ウィニーは、その原因を理解した。
あの男は、王太子をやめたという。
ということは、彼のためのこの後宮も、解体されるのだ。
新しい王太子に、前王太子の側室をそのまま受け渡すわけにもいかないだろうから。
彼女たちは、みなあの男の威光で輝こうとした星々。
その威光がなくなることを、みな不安で悲しく思いながら、散り散りの流星になろうとしている。
こんな崩壊してゆく世界に、ウィニーを呼ぶのはどういう心のなせる業なのか。
「あの御方は……とても明るいお子様でした」
前を行く南長が、小さく言葉を呟いた。
今からすれば、とても信じられない内容と共に。
「けれど、その明るさは権力の歪みの前では無力でした」
私が、無力であったように。
女性の甲高い声と共に、崩れる空間を見つめながら、南長の背中は笑っているように見えた。
「あの御方は、この権力の湖で暴れることだけを考えて、自分を造りかえられました」
自嘲でもなく、皮肉でもなく、彼女の背中は小さな言葉と共に、次第に輝いていくように思える。
この人は──何をそんなに喜んでいるのだろうか。
※
そして、ウィニーは。
この世界の主だった、男の部屋へと招かれた。
彼は、満足そうな笑みを浮かべている。
彼女が来たからなのか、それとも、彼女がこんなところにロアアールの軍服のまま立っているからなのか。
ドレスなど、持ってきているはずもなく、後宮にそんな姿で足を踏み入れたくはなかった。
ウィニーは、この男に言うべきことがあって来ただけなのだ。
案内が終わったとばかりに、南長は下がろうとしたが、「そこにいろ」と彼が呼び止める。
赤毛の女二人と、王太子だった男。
微妙で、いびつな空間が出来上がった。
南長は、これからウィニーが言うことの、証人になるのだろうか。
二度と取り消しの出来ない言葉から、彼女自身が逃げられないように。
「話があって来たのだろう?」
立ち上がり、彼は近づいてくる。
三歩手前で足を止め、ウィニーを見下ろしてくる。
その目を見ていると、緊張していた気持ちが、逆にほぐれてしまった。
きっと、彼は分かっているのだ。
分かっていて、この茶番に付き合う気なのだと。
それならば。
ウィニーは息をひとつ吐いて──演技する気を捨てた。
悔しい。
悲しい。
腹立たしい。
それらの気持ちを、全部心から顔へと戻したのである。
泣きながら怒る、世にもみっともない小娘の顔の出来上がりだ。
両の手に拳を作って、それを己のズボンに押しつけて、ウィニーは彼を見上げた。
いいや、睨み上げた。
そして。
涙声で、怒鳴りつけてやった。
「あなたを愛してます! 私と結婚して下さい!」
短い期間だが、彼女が避難先としてお世話になったところだ。
王宮に行くためのツテが、それ以外に思いつかなかったのである。
ロアアールは、特にイストとの結びつきが弱いために、フラの血を頼ることとなった。
フラの公爵のはとこであり、ウィニーのはとこでもある赤毛のラーレ。その夫の名前を使い、王太子に出会えるよう働きかけてもらったのである。
あっさりと許可が出て、拍子抜けしたくらいだ。
だが、呼び出された場所は、王太子の後宮である。
女性以外、入ることの許されないその空間に、ウィニー一人を呼び出したのだ。
『あんまり、いいところじゃございませんわぁね』
赤毛のはとこに見送られながら、しかし、彼女は王宮へと向かった。
気負い過ぎて、緊張で肩がガチガチになっているウィニーを出迎えたのは、やはり赤毛の、『南長』と呼ばれた女性だった。
王太子にボロボロにされた髪を、美しく整えてくれた人。
「いま、後宮はごたごたしておりますが、どうぞ」
ごたごたで、彼女も疲れたのだろうか。
南長は、ふくよかだった頬を少し細くしている気がした。
案内されて歩いた長い廊下の先では、暗い表情をした女性たちとすれ違う。
大きな荷物を、抱えて出てくる人たちもいた。
ああ、そうか。
ウィニーは、その原因を理解した。
あの男は、王太子をやめたという。
ということは、彼のためのこの後宮も、解体されるのだ。
新しい王太子に、前王太子の側室をそのまま受け渡すわけにもいかないだろうから。
彼女たちは、みなあの男の威光で輝こうとした星々。
その威光がなくなることを、みな不安で悲しく思いながら、散り散りの流星になろうとしている。
こんな崩壊してゆく世界に、ウィニーを呼ぶのはどういう心のなせる業なのか。
「あの御方は……とても明るいお子様でした」
前を行く南長が、小さく言葉を呟いた。
今からすれば、とても信じられない内容と共に。
「けれど、その明るさは権力の歪みの前では無力でした」
私が、無力であったように。
女性の甲高い声と共に、崩れる空間を見つめながら、南長の背中は笑っているように見えた。
「あの御方は、この権力の湖で暴れることだけを考えて、自分を造りかえられました」
自嘲でもなく、皮肉でもなく、彼女の背中は小さな言葉と共に、次第に輝いていくように思える。
この人は──何をそんなに喜んでいるのだろうか。
※
そして、ウィニーは。
この世界の主だった、男の部屋へと招かれた。
彼は、満足そうな笑みを浮かべている。
彼女が来たからなのか、それとも、彼女がこんなところにロアアールの軍服のまま立っているからなのか。
ドレスなど、持ってきているはずもなく、後宮にそんな姿で足を踏み入れたくはなかった。
ウィニーは、この男に言うべきことがあって来ただけなのだ。
案内が終わったとばかりに、南長は下がろうとしたが、「そこにいろ」と彼が呼び止める。
赤毛の女二人と、王太子だった男。
微妙で、いびつな空間が出来上がった。
南長は、これからウィニーが言うことの、証人になるのだろうか。
二度と取り消しの出来ない言葉から、彼女自身が逃げられないように。
「話があって来たのだろう?」
立ち上がり、彼は近づいてくる。
三歩手前で足を止め、ウィニーを見下ろしてくる。
その目を見ていると、緊張していた気持ちが、逆にほぐれてしまった。
きっと、彼は分かっているのだ。
分かっていて、この茶番に付き合う気なのだと。
それならば。
ウィニーは息をひとつ吐いて──演技する気を捨てた。
悔しい。
悲しい。
腹立たしい。
それらの気持ちを、全部心から顔へと戻したのである。
泣きながら怒る、世にもみっともない小娘の顔の出来上がりだ。
両の手に拳を作って、それを己のズボンに押しつけて、ウィニーは彼を見上げた。
いいや、睨み上げた。
そして。
涙声で、怒鳴りつけてやった。
「あなたを愛してます! 私と結婚して下さい!」