瑠哀 ~フランスにて~
「自分が負わなくてはいけない責任を果たさず、現実から目を背け、

たった一人の息子に銃に打たせるまで追い詰めたあなたは、母親じゃない。

母親じゃないあなたが、どうして、ユージンと一緒にいたい、などと言えるの?

あなたはここに来た時から、彼の母親であることを放棄し、

一人の女であることを選んだのよ。

そこで泣き崩れるあなたに、ユージンは必要無いでしょうっ」


 瑠哀の声は苛烈をきわめていた。


 一瞬、セシルはその激しい非難に泣き声を止め、茫然と瑠哀を見上げて行く。


「ユージンは愛しているのではないの?

亡くなったご主人を愛していたから、彼がいなくてもユージンを育てようと思ったんじゃないの?

誰がこの五年間、あなたに優しい微笑みと幸せな時間を与えてくれたの?

ユージンでしょう。

思い出して。

あなた達が一緒に築き上げてきた幸せは、

あんなくだらない男の脅し程度で壊れてしまうものなの?」



 瑠哀は膝を折ってセシルに目線を合わせ、その手をセシルの手に重ねるようにした。



「時には、勇気を振り絞ってでも強くならなければならない時があるわ。

現実から逃避して泣いていることは簡単だけど、その間に苦しんでいる子供がいるのよ。

あなたの手が差し伸ばされるのを待っている子供がいるの。

ユージンを愛しているのでしょう?

あなたを必要としているの。

それから、目を反らさないで」


 瑠哀の話すことは理解できても、弱々しい瞳が、どうしていいのか、と迷って揺れている。


「私なら、大切な人が苦しんでいるのに、

遠くの安全な場所で自分一人のうのうとしていることなどできない。

どんなに怖くても、どんなに辛くても、私は私の大切な人と一緒にいる。

自分の知らない場所で大切な人を失う辛さと哀しさに比べたら、

自分が傷を負うことくらい何でもない。

私が傷を負っても大切な人が笑ってくれるなら、私はその危険など怖くない。

失ってからでは、遅いもの。

私の幸せはその人がくれる。

その人が笑ってくれれば、私はどんなことでもできる」



 セシルは、もうそこで、泣くことさえもも忘れているようだった。

 瑠哀が話すことをただ顔を上げて聞いていた。
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