瑠哀 ~フランスにて~
 署の真ん前に立ってその入り口を静かに見ている瑠哀の視界に、その姿が入った。


 見逃すはずはない。

 真っ直ぐに、その視界に捕らわれる人影。



 乾いた道路の湯気がゆらゆらと空気を歪めている。



 ゆっくりと入り口のドアを押して出てくるその男――リチャードにも、瑠哀の姿は完全に入る。

 見逃すはずはない。



 特別、驚いている様子もなく、慌てている様子もない。



 優雅にゆっくりと一段ずつ外の階段を下りてくる足並み。

 揺るぎ無く注がれている瑠哀の強い視線を受けながら、相手もその視線を反らす様子はないようだった。



 互いに反らされないその視線の先、互いに誰であるかを認めているのだ。


 そして、そこに互いがいる理由も、全て明らかなのだ。



 一歩。また、一歩、リチャードの足並みが瑠哀に近づいて来る。

 急ぐこともせず、その足を進める。



 その先で、リチャードの口端が、薄っすらと、微妙な形をつけて上がって行った。

 自分に向けられる揺るぎ無い視線をそのままに受け返し、同じように視線だけで瑠哀を真っ直ぐに見返しながら、その口端が微かに上がって行った。



 ふっ、と聞こえない、冷たい嘲りでも聞いているかのような薄い笑みだった。



 瑠哀のすぐ傍に立っているピエールと朔也とて、警戒してリチャードを見返している。

 だが、リチャードはその二人を気にすることもなく、ただ目の前の瑠哀と対峙していた。



 一歩。


 悠然と近づいて来るその歩幅がまた瑠哀との距離を縮めた。
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