瑠哀 ~フランスにて~
 一歩。手の届く距離にリチャードが歩いて来る。


 そして、もうすれ違う。



 リチャードは、もう、瑠哀に視線を向けていなかった。

 通り過ぎる際に、その視線は、瑠哀など気にも留めていないように歩いて行く方向に戻されただけだった。



「私の用意はできているわ、リチャード」


 ふと、リチャードがその足を止めた。


 警戒してリチャードを監視しているようなピエールと朔也の横も通り過ぎ、何事もなかったかのようにリチャードが歩き過ぎる際、瑠哀がその一言を言った。


 リチャードが顔だけを回し、瑠哀を見る。


 瑠哀も顔だけを回した。


「私の用意はできているわ。来るなら、いつでもかかってくるのね」


「何のことかな」

「それを伝えてもらいましょうか。

私の用意はできている、とね」

「誰に、と尋ねるべきだろうか。

僕に用事ではないでしょう、お嬢さん?

確か、以前に会った記憶はあるんだが」


 ツラッと、しらを切るリチャードに、瑠哀は不敵な微笑みを投げた。


 そして、その瞳が妖しげに輝き出し、その口元に薄い艶笑が浮かんで行く。
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