瑠哀 ~フランスにて~
 瑠哀は完全に茫然自失していた。

 さっきから、ピエールと言い、朔也と言い、一体何をやっているのだろう。

 これじゃあ、キスのオンパレードもいいところだ。


「警察を呼んだよ」


 ピエールの声がし、ふっと朔也の口唇が離れた。


 瑠哀は呆然としたまま、信じられない、という目で、朔也を見上げる。


「やっと正気に戻ったな」


 朔也の語気も怒っているようだった。

 抱き締めていた腕を解き、クローゼットに歩いて行く。

 そこから瑠哀の洋服を勝手に取りだし、瑠哀の頭からスッポリ被せるようにした。


 無理矢理、瑠哀の腕を引っ張り、そのワンピースの肩紐のところから腕を出す。

 それで落ちたバスタオルを拾い、首にそっと押し当てた。

 その端で、肩や胸に流れた血を拭いて行き、それが終わると同時に、後ろに手を回して背中のチャックを上まであげる。


 瑠哀はあまりのことに言葉も見つからなかった。


 そんな瑠哀には構わず、朔也は少し屈んで瑠哀を抱き上げる。

 隣の部屋まで歩いて行って、椅子の上に瑠哀を静かに下ろした。


「ピエール」


「わかっている」


 ピエールが短く答え、朔也はまた寝室に戻って行った。
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