瑠哀 ~フランスにて~
 最大の危機を感じ、瑠哀の全身が逆毛だった。

 瑠哀は為す術もないのか―――



 ケインを通り越して向こうの部屋に入っていたリチャードの忙しない気配が聞こえるが、

 瑠哀の視線は眼前のケインに固定されたままだ。

 逃げることはできない。

 動くこともできない。

 一瞬でも隙を見せれば、次のその時には必ず食い殺されているはずだ。



――――逃げられない…!


 心臓の鼓動が、ドクドク、と上がり出しているのが今にも飛び出しそうなほどに大きく聞こえた。

 なのに、この空間だけが、息苦しいほど凍り付いたように止まっている。

 シーンと、その場の動きが止まっていた。


「―――もう、フランスは駄目だ。

しばらくイタリアに身を隠し、その後ドイツ辺りに飛ぶべきかもしれない。

今からボートで海岸沿いに侵入する。

今なら、海上警備も薄いはずだ。

―――さっさと支度をしろ、ケインっ―――」


 ドアの向こうでリチャードが焦りも露に、

これからイタリアに逃亡する計画をケインに説明してどなり立てる。

 だが、ケインの視線もまた瑠哀から反らされることはなかった。



 狙っている。



 今にも襲い掛かって来るその瞬間を、待ち構えている。


< 267 / 350 >

この作品をシェア

pagetop