瑠哀 ~フランスにて~
 エンジンの轟音に紛れて、リチャードのすぐ横に座らされた瑠哀が叫ぶ。

 キュキュッ、と片手で器用にハンドルを握りながら、

リチャードはまだ瑠哀のすぐ前に拳銃を突きつけている。



「無駄かどうかは、その駒次第だ。

あのピエール・フォンテーヌが連れ歩く女。

無駄で終わるはずがない。

そして、あのカズキグループの御曹司まで、一緒になって出てくるんだ。

恐ろしい女だな。

あの二人を引き込むとは、大層な手管を持っているようじゃないか。

そんな女をみすみす取り逃がすと思うのか?僕に手を出すなら、

お前も即座に道連れだ。

あの二人がいるなら、絶対に僕には手出しできない」


 はっ、と高らかに嘲笑を上げて、リチャードが口早に言い切った。

 全くの疑いもなく、それを自ら信じ切っているのか、どこからそんな自信が出てくるのか、

ここまで追い詰められていても、未だリチャードの強気は失せることはなかった。


 いかなピエールや朔也と言えども、瑠哀の命を計りにかけて、

警察側とリチャードの釈放の取り引きなどできるはずがない。


 そんなことは判り切っているはずなのに、

ここまで愚かにそんなくだらない妄想を信じ込んでいるリチャードの思考回路さえも、

もう正常に働くことはないのだろう。



 全てを取り上げられて、失って、その時点でリチャードのエリート人生は終わったも同然だった。

 自分の全人生で固執してきた、そして自負し続けていたものが完全に消え去っただけに、

プッツリと正常さが切れてしまっても不思議はなかった。

 現に、ケインを撃ち殺した時のリチャードの目は、

寒気がするほどゾッとした冷酷な輝きだけしか見せていなかった。


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