瑠哀 ~フランスにて~
『大丈夫?怪我はない』


 瑠哀は、一瞬、きょとんとした。予期していない日本語をここで聞いて、反応ができなかったのだ。


『どこか怪我をしたの?』


 青年は心配そうに眉を寄せ、瑠哀を覗き込む。


『――えっ…?

―――ああ、ごめんなさい。

ここで日本語を耳にすると思っていなかったもので……。

私はなんともありません』

『そう、良かった』


 青年は安堵した笑みを浮かべる。


 改めてその青年を見ると、年は二十代前後、背が高く、あまり日本人らしくない顔立ちをしていた。

 薄茶色の髪は微かにくせがかかっていて、柔らかそうな髪の毛先が、太陽の日差しをよく反射し、その瞳は、深いチョコレート色をしていた。



 瑠哀を驚かせたのは、その優しげで少し繊細な感じのする様相と、さっきの荒々しさが全く結びつかない、ということだった。


『救すけていただいて――、お礼を言います。ありがとうございます』


 はっきりと礼を言い、真っ直ぐその青年を見上げて行く。


 青年は首を軽く振り、爽やかな笑みをみせた。


『大したことはしてないよ。―――こんな昼間から女性を襲うなんて、かなりあくどいな』


 青年は独りごちた。釈然としない様子だったが、気を取りなおして瑠哀を見直す。


『君は――、観光かなにかで来ているの?』

『ええ、観光です』

『一人で?』

『そうです』

『本当に?!』


 青年は驚いたように瞳を上げる。


 瑠哀は不思議そうに首をかしげ、青年に聞き返す。


『どうしてですか?』

『いや……。

日本人の、それも、女の子が一人でパリに来ると言うのは、あまり聞かないから――』


 瑠哀はそれにくすりと笑う。


『そうね。

私も、あまりそういうのを聞いたことがありません。

でも、私は一人の方が気が楽ですから』


 そう、と青年も瑠哀につられたように微笑んだ。
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