森の人
第一章 森へ
「僕はもう…」

澤山茂樹の心は限界にきていた。
顔は頬こけ、体は枝のように痩せている。


ビル風吹き荒れる10階建てのビルの屋上。


街頭のチラシ配りや勧誘も断れない程の小心者が、その柵を乗り越えて立っているのだから、相当なものだろう。

「さぁ…、逝こう…」

柵を握っていた手を離し、一歩踏み込む。

瞬間、

吹き荒れるビル風とは違った、優しい甘い匂いの風が、彼を包んだ。

「この匂いは…?」

死に向かっている人間が、その時に何を感じ、その目でどんな景色を見ているのかは分からない。
だけどこの時、澤山は微かに微笑んでいた。


そして彼は、重力に身を委ねた―。
< 1 / 133 >

この作品をシェア

pagetop