あなたの言葉 ~短編~


 何も言わず、一つしか置かれていない、二人掛けのベンチに座る。

 しばらく続く沈黙。

「好きな奴いるって本当なのか?」

「…本当よ?」

「…誰だ?」

 誰……。

 このままあなただと答えると、あなたはどんな反応をするでしょう。

 驚きますか?

 私を避けますか?

 それとも……俺も好きだと言ってくれますか?

 どれにせよ、私はあなたに思いを伝える勇気などありません。

 もしも嫌われてしまうくらいなら、今のままの、この関係で十分です。

「…秘密だよ。」

 そう言って誤魔化してしまう私は卑怯者…?

「教えろよ。」

「秘密だって。」

「教えろ。」

「無理。」

 なんと言われても私は言いません。

「教えてよ……。」

「い…や…………。」

 やめて。

 そんな優しい声で言わないで。

 私の気持ちを言ってしまいそうになる。

「お願い、教えて?紗奈……。」

 私の願いは通じてくれず、さらに優しい声で問いかけてくる。

 それに加えて滅多に呼ばない私の名前を呼んでくるなんて……。

 卑怯です。

「……じゃあ、薫はいるの?」

 言ってしまう前に話題を変えようと、今度はあなたに質問しました。

 でも、きかない方が良かった。

 いるなんて言われたら、私はきっとその人を恨んでしまいます。

「いるよ、すぐ近くに。」

 頭を後ろから思いっきり殴られたような衝撃がしました。

「本当に…?…好きなの…?」

「鈍感でさ、なんでも絶対に最後までやり遂げるやつで、すげー可愛くて、俺がどう話しかければいいか迷うくらい好きだ。」

 私は酷い女です。

 あなたが笑いながら語る、顔も知らないその人に嫉妬してしまうなんて。

「…そんなに好きなんだ……。」

「あぁ、好きだよ。………誰だか知りたい?」

 知りたい……でも知りたくない。

 知ってしまったら、きっとその人を睨んでしまう。

 悪口を言ってしまうかもしれない。

 でも……

「知り…たい。」

 知ってしまった方があなたを諦められるかもしれない。

 私じゃない誰かを思っているあなたを諦められるかもしれない。

「じゃあ、教えてやるよ。」

 心臓がドクドクと不快な音を立てる。

「普通に名前言うのと、ヒント出してくのと、どっちがいい?」

「名前で。」

 言うならさっさと言ってほしい。

 あなたからその人の話なんて聞きたくない。

「じゃあ、言うぞ?」








 

 
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