ETERNAL CHILDREN 2 ~静かな夜明け~
にこやかにシロウはシイナの髪についた埃や蜘蛛の巣を払いのける。
あまり気持ちのいい作業でもないだろうに、上機嫌のようにも見えるから不思議だ。
「これで大丈夫です。落ちた資料は明日片付けましょう」
「そうね。ありがとう」
「いえ。大変貴重な経験をさせて頂きました。僕の方が感謝しなければ」
「私の頭の蜘蛛の巣を払うことが貴重な体験なの?」
「ええ。あなたの笑った顔も見られた。とても可愛らしく見えました」
その言葉に、シイナは奇妙に顔を歪めた。
「シロウ、あなた目が悪いの?」
「は? いえ、視力はよい方ですが?」
「いいえ。絶対に視力がおかしくなっているわ。私を見て『かわいらしい』なんて。研究のしすぎで機能低下しているんだわ。明日すぐに医局に行きなさい」
真剣に言うシイナを見下ろしながら、シロウは暫しぽかんとし、それからまた、笑いを堪えるように口元を手で覆った。
「シロウ?」
「いえ――すみません……博士、あなたのそのような言動は人間であろうとクローンであろうと可愛らしく映るものです。ましてや、あなたは女性体、我々クローン体はそのほとんどが男性体ですから。そのように思うことぐらいは許してください。害はありません」
シロウの言葉に、シイナは驚く。
「クローンにとって、私は恐怖の対象でしょう。お世辞にも優しいとは言えないもの」
シイナの言葉に、シロウは納得したように頷く。
「まあ、確かにそうでしょう。ですが、それはあなたに限ったことではありません。『人間』は皆、僕達クローンをそのように扱う。それは、当たり前のことだからです」
「ずいぶん客観的なのね。あなたはその扱いをどう思うの?」
シイナの問いに、今度はシロウが驚いた表情をする。
「どう思うか? それは無意味な問いです。思うことなどありません。僕らはそう生まれついたのです。そのような思索などクローンには無縁です」
確かにと、シイナは納得した。
クローンは人間として扱われることはないが、それを不満に思うことなど無いのだ。
そのような感情を持ち合わせないのだから。
それはそれで幸せなのかも知れない。
現状に不満を抱くことなく、そうである自分を嘆くこともなく。
少なくとも、自分のように怒りや絶望を感じずに生きて、死んでいけるのなら、その方がずっといい。
「もう、戻りましょう。取りあえず、これで1週間は資料と格闘出来るでしょう」
「ええ。ありがとうございました」
シイナは探し出してより分けた資料の中から、端に寄せていた自分の読みたい分を両手で抱え、歩き出す。
すでに書類を運び終えていたシロウは、前を行くシイナに声をかける。
「博士」
「何?」
振り返らずにシイナは答えた。
「クローンがあなたを恐怖の対象として見ているのだと思っているなら、それは勘違いです」
その言葉に、シイナは足を止め、振り返る。
「勘違い?」
「ええ。それは恐怖ではありません。畏敬なのです」
意味を知ってはいても、聞き慣れない言葉に、シイナの表情が微かに歪む。
「『畏敬』――?」
「あなたの傍にいるクローンは、あなたを敬いながら、期待に添えられぬことを畏れているのです」
「――」
返す言葉を探せないシイナに、シロウは微笑む。
「今度、クローン達に話しかける時は、目を見てあげてください。仕事が終わったら、ねぎらいの言葉をかけてみてください。それだけで、彼らには喜びとなるでしょう」