ETERNAL CHILDREN 2 ~静かな夜明け~
「シイナ」
かかる声に振り返ると、階段の手前にフジオミが立っていた。
足音が全く聞こえなかったことに、シイナは内心驚いた。
それとも、自分達が気づかなかっただけか?
「フジオミ――ああ、もうこんな時間なのね。シロウ、先に戻っていいわ。明日また」
「はい。では、失礼します」
一礼すると、シロウはフジオミにも一礼して昇降機に乗り込み、移動用カートと共に降りていった。
シイナも資料を抱えたまま階段へ近づく。
「彼は?」
「研究員よ。資料が必要になったので、探していたの」
扉が開いて、再び締まる音。
シロウが出て行ったのだ。
フジオミが階下に目をやり、それから、シイナへ視線を戻す。
「彼は、何だか他のクローンとは違う気がする」
「ええ。クローンの中でも知能低下の起こらない特別な存在よ。研究者としても人間に引けを取らないところは素晴らしいと思う」
フジオミは、少し奇妙な眼差しでシイナを見ていた。
「フジオミ?」
「――いや、君がクローンに対してそんな風によい評価をするなんて初めて聞いたよ」
「そうね。でも、彼は『特別』だから。他のクローンのように私を苛立たせないし、報告も質問への応答も常に適切だもの。今日の作業も、以前他のクローンと資料を探した時とは比べものにならない早さだった。文句はないわ」
「――」
「フジオミ? どうかしたの?」
「シイナ」
「何?」
一瞬躊躇ったが、フジオミは真摯な眼差しでシイナを見て言った。
「――彼とは、二人きりにならないで欲しい。今日のように作業がある時は、必ず、他のクローンを傍に置かせて欲しいんだ」
「――」
シイナは、フジオミが何を言いたいのか、最初意味をつかめなかった。
だが、一拍おいて、その意味するところがわかり、
「それは命令なの?」
辛うじて、そう問い返した。
「いいや――僕の、願いだ。君には拒む権利がある」
「――」
シイナの中に強い反感が芽生える。
拒否する権利を与えながら、半ば強制ともとれる願いを口にするフジオミが理解出来ない。
「では、拒否するわ。仕事に関してまであなたに口出しされたくない」
強く言い切って、フジオミに視線を戻すと、シイナは眉を顰めた。
フジオミが一瞬だけ、傷ついたような色をその目に滲ませたからか。
錯覚だと思いたくて、シイナは振り切るようにフジオミの脇を通り過ぎ、階段を下りようとして、
「っ!?」
最初の段を踏み外した。
「シイナ!?」
咄嗟に、フジオミは彼女の腰を片腕で引き寄せ、自分へと抱き寄せた。
書類の束が階段を滑りおりて乾いた音を立てていく。
背後から抱きしめられるような体勢に、一瞬、シイナは混乱した。
服越しに伝わる肌の温もりと感触に、背筋を掛け上がる不可解な恐怖に似た感覚。
「放してっ!!」
支えてくれているフジオミの腕を両手で引き離してから、シイナは我に返った。
振り返ると、フジオミは感情を表さないようにシイナを見ていた。
それが一層、シイナを混乱させる。
「ごめんなさい。驚いて――」
フジオミは、宥めるように微笑った。
先ほどの無表情さを消し去ったかのように。
「――いや。わかるよ。いいんだ。僕のほうこそすまない」
違う。
彼が謝る理由などない。
フジオミは足を滑らせたシイナを救けようとしただけだ。
「フジオミ――」
自分のとった行動にうろたえるシイナに、フジオミは安心させるように笑いかける。
「シイナ。もう何度も言ったけれど、いいかい、君は僕に何の負い目も感じる必要はないんだ。君も僕も、一人の人間だ。もう義務に縛られることもない。自由な存在だ。何をしても、何を言っても、誰も君を責めないよ」
「――」
フジオミは彼女を怯えさせないようにそっとその手をとった。
だが、無意識のうちに彼女の身体はびくりとした。
「怯えないでくれ。僕は君を、もう傷つけたりはしないよ」
その言葉は、確かに真実だった。
それなのに、なぜ自分はこんなにも怯えているのだろう。
フジオミは以前とは違う。
もう自分にセックスを強要したりしない。
それどころか愛しさを隠さず、壊れ物のように優しく扱う。
何を言っても、何をしても、全て受け入れる。
彼を恐れる理由など、何もない。
もう何にも脅える必要もない。
それなのに、なぜ――