ETERNAL CHILDREN 2 ~静かな夜明け~

5 嫉妬


 一度シャワーを浴びてからフジオミと食事をする頃には、シイナの奇妙な恐怖は消えていた。
 他愛のない会話をしながら、食事をするだけ。
 すでにここ半年習慣のようになってしまったことを、シイナは繰り返す。
 こんなことに何の意味があるのだろうと思いながら。
 家族は一緒に食事をするものだが、自分達は家族ではない。
 伴侶ですらない。
 幼い頃は――そうだ。マナのオリジナルであるユカと、よく食事をしたものだ。
 同性同士で。
 ユカは優しかった。
 姉のようであり、母のようだった。
 傷ついた自分を慰めてくれたのはいつも彼女だった。
 もし、彼女が生きていたら、こんな状況をどう打破しただろうか。
 彼女は強かった。
 たくさんの〈夫〉を持ち、誰をも平等に愛していた。
 実験体のように扱われることに不満を抱きさえしなかった。
 未来のために、自分を犠牲にすることを躊躇わなかった。
 そう――彼女は愛を知っていた。
 愛することを知っていた。
 結局は最後の実験として試された人工授精により、ユウしか産むことができなかったが、それでも、彼女は希望だった。
 自分にはできない。
 フジオミに触れられるのだけでも厭わしかったのに、たくさんの男達に抱かれるなど。
 ましてや自分の身体を実験体として扱われるなど。
 そう言う意味でも、やはり自分は〈女〉としては欠陥品なのだろう。
 それとも、欠陥品だから〈女〉として在るべき感情や性行為に嫌悪感しか持てないのか。
「――」
 またしても思考は堂々巡りを繰り返す。
 過去のことばかりが、思い返されるのは、これからのことを考える必要がないからか。
 それともと、シイナは思い返す。
 過去を思い返すのは、本能が危機を回避するためだという。
 過去の経験の中から、自分の今の状況を救える事態がないか検索しているのだと。
 そうだとすれば、自分は何を探し出そうとしているのか。
 自分の過去から、何を教訓とすれば、今のこの状況を抜け出せるのか。
 いくら考えても、この泥沼を抜け出せるはずもないのに。

 失ってしまった未来を、取り戻す術がない。

 それなのに、今も見苦しく足掻いている。
 自分だけが。

 フジオミはいいだろう。
 彼は、新しいものを築いていける。
 だが、自分には最初から何もなかったのだ。

 十四のあの夜、全てが完膚無きまでに壊れた。

 屈辱。
 嫌悪。
 苦痛。
 怒り。
 そこから、自分を立て直すまでに、さらに十四年かかったのだ。
 フジオミとの性行為が義務と言う強制になってから、シイナはフジオミに逆らったことなどなかった。
 常に求められれば受け入れた。
 防衛本能としてか、触れられれば身体は濡れる。
 だが、それだけだ。
 喜びを感じることはない。
 ただフジオミが熱を吐き出して満足するまで耐えるだけの時間。
 マナを創り出してからは、マナが〈女〉としての成長を果たすためだけの代替の時間潰し。
 シイナにとってセックスとは、それだけの意味しかなかった。
 そして、マナを失い、立て直したものさえ再び崩れ去った。

 今までの自分の人生は何だったのだろう。

 黙って従ってきたことで何を得たのか――絶望と諦観か。
 こうなるとわかっていたならば、あの夜、フジオミを受け入れなければよかった。
 殺されても何をしてでも、拒めばよかった。
 恐怖に泣き叫んで耐える必要が、何処にあったのだ。
 十四だったフジオミにも、自分を労る余裕もないほど子供だったのだ。
 誰も自分達に教えてくれなかった。
 相手を思いやることを。
 欲望の前に、その心を満たすことを。
 愛のない自分達がしたことは、所詮無意味な行為だった。

 それを、今更思い知らされるなんて。


< 14 / 62 >

この作品をシェア

pagetop