ETERNAL CHILDREN 2 ~静かな夜明け~
6 予期せぬ悪夢
結局、シイナはあれからできるだけシロウと二人きりになることを避けるようになった。
報告や研究室にいる時もなるべく別のクローンを傍に置き、様々な雑用をさせた。
そうして、気づいたことがある。
クローンによって仕事の手際や効率に違いがあるということに。
クローンの部署はコンピュータによって自動で振り分けられている。
寿命が来たら、新たに補充するための措置でもある。
だが、その方法は、非効率なのではないかとシイナは今更ながらに気づいた。
もしも、クローンにも得手不得手があるなら、能力に見合った部署に就かせるべきだろう。
今も、とある資料を分類させていたクローンに声をかける。
「あなたは何が得意なの」
「わ、私は書類の作成です。端末を使わせて頂ければすぐにできます」
「好都合だわ。これを作成して、研究区内のクローンに書かせなさい」
手書きでメモした項目をクローンに渡す。
「わかりました」
シイナはクローンの識別番号と現在の部署、そして、得意だと思われることを書き出して提出させるよう指示した。
それによって、ある程度の仕事の効率化は図れるはずだった。
「何日かかる?」
「あの、分類や集計もお望みですか?」
「できるの?」
「得意なクローンがいますので、分担すれば明日の午前中には書類として提出できます」
「――なら、任せるわ」
不意に、シロウの言葉を思い出し、シイナは目の前のクローンを見上げた。
見つめられたクローンは何か粗相があったのかと蒼白となり、不自然なほどに姿勢を正した。
「名前は――タクミ=イトウね」
「は、はい」
「タクミ、急いでいるの。できるだけ早く、でも、正確に仕事をしてちょうだい」
見つめられていたクローンの顔が見る間に赤くなる。
だが、表情は驚きと喜びを隠さなかった。
「はい。至急作業にとりかかります!」
大げさなほど大きく礼をして、大慌てでタクミというクローンは出て行った。
入れ違うように、今度はフジオミが入ってくる。
「シイナ? 今のクローン、何か失敗でも? 廊下を走っていったけど」
「急ぎの用を頼んだのよ。フジオミ、丁度良かったわ。あなたの許可を貰いたい案件ができたの」
シイナは書類を持って自分の机から離れ、会議用の机へと移動する。
フジオミがその隣に座る。
書類を見せながら、説明する。
「クローンにも得手不得手があるから、効率を上げるために、配置換えをしたいの」
「適材適所――だね。いいよ。以前から、僕もそれを考えていた。取りあえず管理区では、重要なポストでの配置換えはもう終わっているんだ」
その言葉に、シイナは驚く。
「あなたが指示したの?」
「ああ、ドームを維持する管理区が一番重要だからね。効果は十分にあったよ。君へ届く煩わしい書類、ほとんどないだろう?」
「――」
そう言えば、以前だったら、事故報告や修繕許可の申請書やらがとにかく提出されていたが、この半年は、ほとんどというか、全くなかった。
「どうして、あなたが――」
「だって、君が言っていたから。クローンに任せられないから自分がやるって。
一人で何もかも処理するなんて無理だよ、シイナ。彼らも、能力を発揮できるところにさえ行けば、与えられた仕事をきちんとこなすことはできる。そうすれば、ミスもなくなるし、君の負担も減るだろう」
確かに、ドームの維持に関することはシイナにとっては雑務だった。
しかし、それを軽減してくれたのがフジオミだと言うことが素直に喜べない。
そんなことをされても、返せるものが何もないからだ。
借りを作るようで後ろめたい。
だが、次のフジオミの言葉が、シイナの心中をさらに複雑にした。
「僕は、君の役に立った?」
褒められることを期待する子供のような眼差しで見つめられ、シイナはいたたまれないような気持ちになる。
何とか平静を装い、応える。
「ええ――すごく、助かったわ」
その言葉に、フジオミは嬉しそうに笑った。
胸が、どくんと大きく脈打った。
その動悸が、後ろめたさから来るものなのかどうかさえわからない。
フジオミが机の上のシイナの手に優しく触れる。
あまりにそっと触れるので、シイナのいたたまれなさはさらに募った。
「君の役に立てたのなら、僕はそれだけで満足だ」
「――」
目の前の、この男は誰なのだろう。
本当に、フジオミなのか。
自分の世界が揺らぐのを、シイナは感じた。
背筋がぞくりとする。
自分は、今どこにいるのだろう。
本当に、ここは、自分がそれまで暮らしていたところなのか。
悪い夢を見ているようだった。
だが、悪夢のような感覚はそれだけでは終わらなかった。