ETERNAL CHILDREN 2 ~静かな夜明け~

7 不安と孤独



 目を覚ましたとき、一番初めに気づいたのは、心配そうなフジオミの眼差しだった。
「シイナ、気がついたのか」
「フジオミ、どうして……」
 医局のベッドで寝ている自分に気づき、シイナは訝しげに周囲を見回す。
「資料倉庫の前で倒れたんだよ」
 そう言われて、シイナの脳裏に倉庫での出来事が思い出される。
 ぞくりとした。

 のしかかる身体の重み。
 這い回る手の感触。
 それが意味するものは――

「――」
「一体どうしたんだ。突然あんなふうに倒れて、具合が悪いのならどうして休まなかったんだ」
 フジオミの最後の言葉は、すでにシイナの耳に入っていなかった。

 言えない。
 誰かに襲われかけたなど。

 クローンには性欲などないはずなのに。
 だが、確かめたわけではない。
 そう言われてきただけのことだ。
 シロウが特別なクローンであるように、もしかしたら、普通の人間のように性欲を持つクローンがいてもおかしくない。
 そうして、自分はここ最近、クローンに関わりすぎた。
 仕事の効率を上げるために、クローンへの態度も変え、優しい振りまでした。
 クローンに隙を見せたのは自分だ。
 優しい振りをして勘違いさせたのなら、自分が悪い。
 それを、フジオミには言いたくなかった。
 フジオミ以外の誰かが、自分に触れるなど、今の彼は許さないだろう。
 シロウのことを褒めただけで、嫉妬したくらいなのに。
「シイナ? 聞いてる?」
 訝しげなフジオミの声音に、シイナは視線をフジオミに戻す。
 その表情は、怒っているような、心配しているような、今まで見たことのない表情だった。
 それともどちらでもあるのか――確かに、あんな風に倒れたことは一度もないのだから驚かれて当然だろう。
「何でもないの。本当に、疲れただけ」
「本当に?」
 納得していないフジオミの視線に、安心させるように無理に笑ってみせる。
「ええ。ごめんなさい。迷惑をかけたわね」
「違う、シイナ」
「え?」
「迷惑をかけたんじゃない。心配を、かけたんだ」

 それは、何がどう違うのだろう。

「――」
 応えを探せないシイナに、フジオミは息をついて、その手を取った。
「君がこのまま目を覚まさないんじゃないかと思ったんだ」
「それは、大げさよ……」
「そうかもね。でも、心配だったんだ。本当に」
 フジオミの手が、少し強くシイナの手を握った。
 いつも温かい彼の手が、少し冷たかった。
 だが、それは不快ではなかった。
「疲れているなら、明日は仕事を休んではどうだろう? 熱もあるようだし」
 言われて、初めて自分の身体が熱を帯びていることに気づいた。
 確かに、怠いし、鈍い頭痛もする。
 フジオミの手が冷たいと感じたのもそのせいか。
「そうね、それがいいかもしれない。体調が悪いから部屋に戻るわ」
「――送らせてくれるかい? 君がちゃんと休んでくれるか気になってしまうから」
「ええ」
 正直、一人になるのが怖かった。
 自分を襲った者が誰なのかわからない今、フジオミだけが信じられる唯一の人間だった。
 クローンでなければ、ここにいる人間――カタオカ達が?
 それこそ考えにくかった。
 彼らとの接点はほとんどなかったし、今更だ。
 有り得ない考えを追い払い、フジオミの手を支えに、シイナはベッドから起き上がった。
 熱のせいか目眩がしてよろける。
「シイナ!?」
 咄嗟にフジオミが空いている手でシイナを抱くように支えた。
 だが、反射的に距離を置こうと身体だけを放す。
「すまない。自分で立てるかい?」
「ええ。ちょっと目眩がしただけ。もう大丈夫」
 以前のシイナの反応を考慮してのことだろう。
 その気遣いが、シイナには何故か嬉しかった。
 フジオミは、こんなにも優しく、他人を気遣える人間だったのだ。
 そんな彼が、今更自分を襲おうとするはずがない。
 腕にも、傷はない。
 今ならフジオミに縋り付きたい気分だった。

「ありがとう、フジオミ」

 それは心からの言葉だった。




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