ETERNAL CHILDREN 2 ~静かな夜明け~
16 提案
微熱が完全にひくまで、さらに二日かかった。
目眩も、起き上がる時ぐらいにしか起こらないし、嘔吐感もなくなった。
点滴を外し、お粥も食べられるようになった。
ただ、体力はあからさまに落ち、そんなシイナのために、フジオミは車椅子を準備してくれた。
電動なので、これなら、シイナ一人でも楽に移動できた。
「シイナ、今日は僕に付き合ってくれる?」
部屋に入ってきたフジオミは大きなバッグを肩にかけていた。
手には丸められた敷物が。
「いいけど、どこに行くの?」
「気分転換だよ」
そう言って、フジオミがシイナを連れていった先は、何とドームの外だった。
「――」
フジオミは驚いているシイナの車椅子を押して、コーティングされたアスファルトが途切れ、草地が広がるところまで進んだ。
敷物を敷いて、その上に肩にかけていたバッグを置いて自分も座る。
シイナは車椅子に座ったままそんなフジオミと景色を交互に見ていた。
穏やかな風が吹いている。
日差しは暖かく、緑の草地がずっと続いている。
シイナの知らない、野生の花がまばらに咲いていた。
「どう? 外の景色は」
問われて、どう返答すべきか迷った。
「――妙な感じだわ。いつも見ているものと違うから」
「僕も、そう思ったよ。本来なら当たり前の景色が、妙に思えるって」
フジオミがバックからポットとカップを取り出した。
スープの匂いがシイナにも届いた。
フジオミに手渡されて、シイナは戸惑う。
膝の上には、食べやすいように切られたサンドイッチが置かれる。
「野外で飲食したりするの?」
「ああ。昔はみんなしてたって。別に衛生面を心配することはないよ」
「――」
穏やかな日差しの中で、カップに口を付ける。
温かな飲み物が喉を流れていく感覚が、心地よかった。
サンドイッチを一口囓る。
久しぶりの固形物だった。
柔らかく、咀嚼にも支障ない。
ゆっくりと、食べるという感触を味わった。
フジオミはそんなシイナを見つめていた。
そんな視線にももう慣れ、シイナは静かに食事を終えた。
「もう戻る?」
「もう少し、見ていたいわ」
「わかった。じゃあ、僕は少し休むよ。帰りたくなったら声をかけて」
出したものをバッグにしまい込むと、敷物の上に横になり、フジオミは目を閉じた。
自分の世話をして疲れたのだろう。
シイナは車椅子を動かして、ほんの少しフジオミから離れた。
外の景色を見たのなど、数えるほどしかない。
ユウを連れ出した時と、マナを迎えに行った時だけだ。
そして、景色などどうでも良かった。
何の感慨も彼女に与えるものではなかった。
だが。
今見る景色は違っていた。
空は青く、雲は形を変えながらゆっくりと流れていく。
穏やかな風に足の長い草が揺れていた。
草の擦れ合う微かな音。
揺れる花。
見ているうちに、訳もなく込み上げてくる感情がある。
「――」
疲れた。
全てのことに。
こんなに、疲れていたのだ。
心が、今、理解した。
自分が苦しんできた年月が、あまりにも長すぎて、心を閉ざしていた年月が、あまりにも虚しくて、泣きたくなる。
どうすれば良かったのだろう。
取り戻せるわけでもない年月を、今になって取り戻したいと思っている自分が愚かなのか。
だが、今、ここにはそう思っても許してくれる人がいる。
彼もまた、失ってきた年月を悔やんでいる。
幸せだったあの頃のようにやり直したいと願っている。
そして、そのために新たにやり直せる人間なのだ。
自分はどうなのだろう。
自分はどうしたら、失ったものを取り戻せるのだろう。
わからない。
自分が何をしたいのか。
わからないから苦しい。
混乱していた。
だから、シイナは目を閉じた。
何も見ずに、何も感じずにすむように。
目眩も、起き上がる時ぐらいにしか起こらないし、嘔吐感もなくなった。
点滴を外し、お粥も食べられるようになった。
ただ、体力はあからさまに落ち、そんなシイナのために、フジオミは車椅子を準備してくれた。
電動なので、これなら、シイナ一人でも楽に移動できた。
「シイナ、今日は僕に付き合ってくれる?」
部屋に入ってきたフジオミは大きなバッグを肩にかけていた。
手には丸められた敷物が。
「いいけど、どこに行くの?」
「気分転換だよ」
そう言って、フジオミがシイナを連れていった先は、何とドームの外だった。
「――」
フジオミは驚いているシイナの車椅子を押して、コーティングされたアスファルトが途切れ、草地が広がるところまで進んだ。
敷物を敷いて、その上に肩にかけていたバッグを置いて自分も座る。
シイナは車椅子に座ったままそんなフジオミと景色を交互に見ていた。
穏やかな風が吹いている。
日差しは暖かく、緑の草地がずっと続いている。
シイナの知らない、野生の花がまばらに咲いていた。
「どう? 外の景色は」
問われて、どう返答すべきか迷った。
「――妙な感じだわ。いつも見ているものと違うから」
「僕も、そう思ったよ。本来なら当たり前の景色が、妙に思えるって」
フジオミがバックからポットとカップを取り出した。
スープの匂いがシイナにも届いた。
フジオミに手渡されて、シイナは戸惑う。
膝の上には、食べやすいように切られたサンドイッチが置かれる。
「野外で飲食したりするの?」
「ああ。昔はみんなしてたって。別に衛生面を心配することはないよ」
「――」
穏やかな日差しの中で、カップに口を付ける。
温かな飲み物が喉を流れていく感覚が、心地よかった。
サンドイッチを一口囓る。
久しぶりの固形物だった。
柔らかく、咀嚼にも支障ない。
ゆっくりと、食べるという感触を味わった。
フジオミはそんなシイナを見つめていた。
そんな視線にももう慣れ、シイナは静かに食事を終えた。
「もう戻る?」
「もう少し、見ていたいわ」
「わかった。じゃあ、僕は少し休むよ。帰りたくなったら声をかけて」
出したものをバッグにしまい込むと、敷物の上に横になり、フジオミは目を閉じた。
自分の世話をして疲れたのだろう。
シイナは車椅子を動かして、ほんの少しフジオミから離れた。
外の景色を見たのなど、数えるほどしかない。
ユウを連れ出した時と、マナを迎えに行った時だけだ。
そして、景色などどうでも良かった。
何の感慨も彼女に与えるものではなかった。
だが。
今見る景色は違っていた。
空は青く、雲は形を変えながらゆっくりと流れていく。
穏やかな風に足の長い草が揺れていた。
草の擦れ合う微かな音。
揺れる花。
見ているうちに、訳もなく込み上げてくる感情がある。
「――」
疲れた。
全てのことに。
こんなに、疲れていたのだ。
心が、今、理解した。
自分が苦しんできた年月が、あまりにも長すぎて、心を閉ざしていた年月が、あまりにも虚しくて、泣きたくなる。
どうすれば良かったのだろう。
取り戻せるわけでもない年月を、今になって取り戻したいと思っている自分が愚かなのか。
だが、今、ここにはそう思っても許してくれる人がいる。
彼もまた、失ってきた年月を悔やんでいる。
幸せだったあの頃のようにやり直したいと願っている。
そして、そのために新たにやり直せる人間なのだ。
自分はどうなのだろう。
自分はどうしたら、失ったものを取り戻せるのだろう。
わからない。
自分が何をしたいのか。
わからないから苦しい。
混乱していた。
だから、シイナは目を閉じた。
何も見ずに、何も感じずにすむように。