ETERNAL CHILDREN 2 ~静かな夜明け~
自分の部屋に戻らずに、研究区へ入ると、シイナの仕事部屋の前に立っているシロウがいた。
「シロウ、なぜそこに」
「在来の印がなかったものですから。待っていればお出でになるかと」
「例の件ね――」
「はい」
シイナは息をつく。
「許可が出たわ」
シイナの言葉に、シロウは安堵の息をついた。
「ありがとうございます。早速実験を開始します」
シロウの静かな喜びを、シイナは感じた。
「嬉しいと感じているの?」
「今の状況なら、きっとそうでしょう。研究の成果が報われる時が来たのですから」
「そう、そうよね――」
かつて、自分もそうだった。
ユカがユウを出産してから、何度も行った実験。
期待に胸を膨らませ、失敗しては落ち込む日々。
マナが産まれた時の喜び。
マナが、自分を救ってくれると信じていた。
「――シロウ。あなたは、もしもたった一つだけ願いを叶えることができるとしたら、何を望むかしら?」
唐突に問われたシロウは、僅かに躊躇ったが、答えは淀みなかった。
「人類の復興。全ての再生と未来への希望です」
「そうね。当然の答えだわ――」
だが、シイナのその声音は裏腹だ。
「あなたは、そうではないのですか?」
「――」
その問いに、シイナは答えることが出来なかった。
シロウも、シイナの沈黙を察して、一礼するとその場を去った。
シイナは仕事部屋に入る。
「――」
入ったものの、入り口の前から一歩も進めなかった。
一人残された空間。
今は、フジオミもいない。
代わりに仕事部屋の外には監視カメラが据え付けられていた。
抑止力にはなると、わざわざフジオミがつけていったのだ。
傍にいなくても、守ろうとしてくれる。
心配だから研究区では一人にならないで欲しいというフジオミの言葉を思い出す。
慌てて、仕事部屋を出た。
今日はもう仕事をする気分にはとてもなれなかった。
研究区から、居住区の自分の部屋へ戻る。
ロックして、誰も入ってこられないようにする。
ここなら一人でも安全だ。
フジオミとの約束を、破ったことにもならない。
これ以上フジオミを傷つけることは出来ない。
ひどく疲れて、シイナは食卓の椅子に座り込んだ。
いつもフジオミと向かい合わせでしていた食事が遠い昔に感じられる。
今、彼は此処にいない。
優しく守ってくれる人がいない。
それが、落ち着かない。
あんなに尽くしてくれている彼に、どうして自分は応えることが出来ないのだろう。
フジオミの献身的な優しさに触れ、事実を知った今、フジオミに対する嫌悪感や不快感、怒りなど、負の感情は消えていた。
今では、フジオミはシイナの唯一の守護者だ。
フジオミがいなければ、自分は乱暴されかけた恐怖でおかしくなっていただろう。
今も、フジオミがいない空間に一人で居るのが怖くなる瞬間がある。
彼が傍にいれば、守られていると安心することが出来る。
だが、彼に応えたいと思うことは、義務感から来るものなのだ。
規則の遵守。
義務の遂行。
彼女の内に絡みつき、縛り上げ、雁字搦めにしているものは、彼女から心のままに感じるという自由を今も奪っている。
沸き上がる様々な感情が判断できない。
どれが自分の心からの気持ちなのか。
どれを優先するべきなのか。
「わからないわ――私には、もう、何もわからない…」