ETERNAL CHILDREN 2 ~静かな夜明け~

21 新たな欲望


 苦しくて、苦しくて、胸が痛かった。
 朦朧とする意識の中でも、苦しみだけは鮮明だった。
 苦しみ以外の感情を思い出せないほど、打ちのめされた心。
 シイナは心底疲れていた。
 この感情から逃れたい。
 こんな苦しみをずっと抱えていくなら、いっそ死んでしまいたい。
 そう思った。
 不意に、そんな感情を遮る優しい声がする。

 愛してる。

 何度も繰り返される言葉。
 そう言いながら背中を撫でてくれる。
 その手の温もりが嬉しかった。
 苦しみしかなかった心に、徐々に流れ込んでくる別の感情がある。
 シイナは無意識に手を伸ばす。
 それに縋り付いた。
 温かな温もりに包まれ、シイナは朧気にフジオミが抱きしめてくれたのだと悟った。
 温かな身体に抱きしめられて、大きな手に背中を撫でられて、安堵する。
 意識は混濁したり覚醒したりを繰り返していた。
 そんな曖昧な微睡みの中、不意に意識が戻っても、優しい言葉と温もりは消えない。
 先程までの苦しさが嘘のようだった。

 これは夢――?

 夢なら、どうか覚めないで。
 この温もりを、奪わないで。
 ずっとこうしていたい。
 だから、シイナは目を開けなかった。
 目を開けたら、この温もりは消えてしまう。
 そんな風に思えた。
 この胸に抱かれて、この手に抱きしめられたままでいられたら、もう、きっと怖いことも苦しいことも哀しいことも起こらない。
 死んでしまいたいなんて、そんなことも思わない。
 覚醒しきらない意識は、唯一の温もりにしがみつく。
 だから、目を開けてはいけない。
 このまま、夢を見ていたいから。
 苦しいことは何も考えたくないから。
 目を閉じて、苦しいだけの現実に戻らないように。
 朧気な意識で、それだけは確信した。




 次に意識が戻った時は、身体が眠っているのに意識だけがぼんやりとある半覚醒のような不思議な感覚だった。
 時折、額や頬、唇や首筋に降りてくる熱が、心地よかった。
 眠っている自分に、フジオミがくちづけている。
 夢現だからか、恐怖や嫌悪は微塵も感じなかった。

 もっと触れて欲しい。

 そんなことさえ思う。
 だが、熱は、もどかしいような疼きを残して、終わってしまう。
 口移しで水を飲ませてくれた時のように、舌を絡めたい。
 感触を思い出し、なぜか下腹が疼いた。
 背中を撫でる手の感触が、疼きに拍車をかける。
 指先が肩胛骨の辺りに触れると、下腹の疼きはもっと強くなる。
 初めての感覚にシイナは戸惑ったが、気持ちとは裏腹に、身体は身動ぎ一つしない。
 背中を撫でる手の動きに、高まっていく疼き。
 疼きが最高潮に達した時、きゅっと下腹の襞が痙攣した。
 じんわりと広がる不思議な解放感。
 小刻みな痙攣が、下腹だけで何度か繰り返される。
 背中を撫でる手の動きは変わりない。
 そして、呟かれる言葉も。
 自分も愛しいてると、嘘でも言いたかった。
 そう言えたら、フジオミが喜んでくれる気がした。
 だが、自分には言えない。
 現実にそう言っても、フジオミは嘘だと気づく。
 だが、今感じているこの感情は、愛に似ているような気がした。
 これも、自分の勘違いなのだろうか。

 愛するとは、どういう感覚なのだろう。
 今のこのわき上がる感情は、何なのだろう。

 不思議な余韻に浸りながら、シイナの意識はまた途切れた。






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