ETERNAL CHILDREN 2 ~静かな夜明け~
彼の手が、自分の手の中で重くなっていくのが感じられた。
力のないその手がもう動かないのを確認した時、シイナは初めて死を知った。
死によって失われた命を悼むことを知った。
「――」
静かな衝撃で、動くことさえ出来なかった。
ただ、泣いた。
やがて、コムから控え目な声が漏れた。
外に出ていた医局のクローン達だった。
シイナは涙を拭い、立ち上がった。
「入ってもいいわ」
その声で、クローン達が何人か部屋へと入ってくる。
扉の向こうでは、残りのクローン達がそれぞれの持ち場で一日の作業を続けていた。
シロウの側に寄ったクローン達は、取り付けられた医療器具を外し、書類に何か書き込んでいる。
仲間が死んだというのに、彼らは黙々と作業を続けていた。
もはや死を何とも思わないのだろうか。
それとも、何かを感じるには、あまりにもたくさんの死を見すぎてしまったのか。
ただ、自分以外に彼の死を悼む者がいないのが不思議だった。
彼は、こんなに寂しく死んでいっていいのだろうか。
嘆くものもなく、ただ、医局の片隅でこんなにあっけなく通過儀礼のように死を迎えることがあってもいいのだろうか。
ただ、クローンだというだけで。
「遺体処理後は優先的に再クローニングの申請を――」
不意に、その言葉に我に返る。
「待ちなさい」
強い口調で、シイナはクローン達の動きを止めた。
戸惑った眼差しがこちらを見ていた。
「彼はもう、再生しないで。いいえ。これからはもう、全てのクローンを、再生しないで」
「ですが、規則では――」
「これは命令よ。もういいわ。もう、彼はいらない――」
言い捨てるようにして医局を出たあと、シイナは逃げるように足早にエレベータへと向かった。
ボタンを押すと、エレベータが動き出す。
だが、途中で堪えきれずに、その場にしゃがみこんだ。
一度開いたエレベータの扉が、もう一度閉まっても、シイナはしゃがみ込んだまま動けなかった。
身体の震えが止まらない。
激しい後悔と罪悪感に襲われる。
「――」
クローンには心などないと、思っていた。
そんな感情が、あるはずもないと思っていた。
だが、現実はどうだ。
同じ人間だったのだ。
自分達と同じ、心を持った、人間だったのだ。
なんて自分は愚かだったのだろうか。
自分の痛みしか、苦しみしか、見えていなかった。
クローニングを繰り返し、人間らしい扱いもせずに酷使してきた。
どうして、そんな酷いことができたのだろう。
どうして、何の疑問も抱かなかったのだろう。
虐げられた者の気持ちを、彼女こそが誰よりも理解できるはずだったのに。
遅すぎた。
痛烈に、シイナは感じた。
自分は彼を理解するのが遅すぎた。
もう、これ以上の報われぬ生は、彼にとってつらいだけなのだ。
生きることへの渇望と絶望。
それを抱えていくことに、すでに彼は疲れて果てていた。
そして、彼は死んでしまった。
例えどんなに再生を繰り返しても、それはもう、シイナの知っているシロウではない。
同じ遺伝子を持ち、同じ姿を持っていても、彼にはならないのだ。
もう二度と、彼には会えない。
それが、死ぬということなのだ。
そして、生きるということは、こんなにも切なく、苦しいものなのだ。
なぜ自分は、こんなになるまで自分以外の痛みに気づけなかったのだろう。
涙ばかりが、零れる。
なぜか、フジオミに、会いたかった。