白銀の女神 紅の王(番外編)
◆風邪

エレナが城を出ただと?



「エレナが城を出ただと?」


それは、太陽が沈み始めた夕刻の頃だった。

執務室で黙々と仕事をしていた側近がふと思い出したように口にした言葉に、思わず署名をしていた手が止まった。

とんでもないことをサラリと言ってのけたウィルは俺の焦りなど知りもせずに書類に向かったまま口を開く。



「はい。なんでも風邪を引いたから、ニーナと数人の侍女を連れてサウス地区へ行くといってお昼時に出ていかれました」

「何故風邪を引いたからといってサウス地区に行くんだ」

「シルバに風邪をうつしたくないからでしょう」


そういえば数日前からエレナの体調が思わしくなかった。

時折小さな咳をしては鼻をすすっていたな。

本人は大丈夫だと言っていたが、やはり悪化したか。

外は冷たい木枯らしが吹いており、空気も乾燥しているし、引きはじめの風邪が悪化する条件は整っている。

ただでさえ体調が悪いというのに、エレナは公務で遅く帰る俺を待って寝ていた。

体調を崩しても続き、毎日睡眠時間が短ければ風邪も悪化するだろう。



しかし、なにも城を出ていく必要があるか?

しかも今日の朝はサウス地区に行くなど一言も言わなかった。





< 1 / 115 >

この作品をシェア

pagetop