《TABOO⑤》キス
*
「とりあえず乾杯しよう」
「うん」
私たちは缶のまま乾杯し、ビールを喉へ流し込んだ。
「あーうまいっ」
彼は溜まった今日の疲れを、その一言に凝縮して吐き出すように言った。
「なるべく早く終わらせて、凪(なぎ)ん家へ行くから」
私を思ってそう言ってくれた彼のメールに、良心がちくりと痛み、せめて夕ご飯くらいは頑張ろうと、自分なりに腕をふるった料理を小さな丸テーブルに並べた。
「あーうまいなぁ。幸せ」
彼はほくほくとした表情で、料理をつまんでいる。
なのに、私の心は締めつけられるばかりだった。
心配していたことが、現実になった。
先日、今や人気モデルとなった元カレのリョータと再会し、一緒に買い物をしていたことがSNS上で話題になってしまい、そのことが週刊誌に掲載されてしまったからだ。
「凪に直接迷惑がかかるようなことはないと思うけど……ごめんな」
週刊誌の発売前、リョータからの電話に頷くしかなかった。
「続いては芸能ニュース」
テレビから聞こえたアナウンサーの声に、びくんとした。
テレビの向こうには、芸能リポーターに囲まれているリョータがいた。
「お買い物デートが噂になっているようですが」
「みたいですね。ただ買い物していただけなんですけどねぇ」
「ずいぶんと親しげだったようですけど?」
「友達ですからね。親しいですよ、そりゃ」
「特別なご友人ということですか?」
「そうですね、特別ですね」
その答えに、リポーター陣が「おおっ!」と声をそろえた。
「それはつまりお付き合いされているということで、よろしいんですか!?」
「いえ。僕の一方的な片思いです」
そう言うと、リョータはカメラに向かって一瞬にやりと笑った。
「その恋は実りそうですか?」
「お知り合いになったきっかけは?」
矢継ぎ早に繰り出される芸能リポーターの質問にそれ以上は答えず、リョータは会場を後にした。
鼓動が異常に早くなっていた。
とりあえず、残っていた缶ビールを飲み干した。
隣りに座る彼を、ちらりと見る。
視線に気づいた彼が、「ん?」と首を傾げた。
「う、ううん。なんでもないよ」
笑顔で取り繕うと。
彼がそっと私の頬にキスをした。
思わず目を見開くと。
「ごめん。俺、酔ってるな。本能のままに動いてる。凪がかわいかったから、つい」
彼は、わしゃわしゃと頭をかいた。
罪悪感に苛まれた。
それでも、カメラ越しに見たリョータにときめいてしまった自分は、もうどうしようもない悪女にしか思えなかった。