銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 目の前にはヴァニスの剣。

 そして周囲には振動する石柱。

 あぁ、にっちもさっちも……。

 唸る音が高まり、広まるにつれて、空気がどんどん張り詰めていく。

 進退窮まったあたしの額に汗が浮かび、手の平もジットリと湿った。

 どうしよう!? どうする!?

 このままこの場所にいたら危険だわ! でも逃げたら容赦なく斬り付けられる!

 こうなったら、いちかばちか、剣から身をかわして走って逃げ出そうか?

 ……でも、逃げ切れる?


 ヴァニスの冷静沈着な目が、あたしを逃すまいと睨んでいる。

 片手で剣を構えているだけなのに、腹の底が冷えるような威圧感を感じた。

 きっと相当な腕前なんだろう。素人のあたしが剣をかわすのはきっと不可能だ。

 仮に一瞬逃げおおせたとしても、馬に乗った護衛の兵士達に、あっという間に取り囲まれてしまうのは明らかだ。

 どうしよう。逃げられない。

 焦る間にも石柱はますます激しく唸り、振動を続ける。

 緊迫して高まった空気が皮膚を刺激して、痛みまで感じるほどだ。

 何かが、確実に迫っている。何かが。

 それを感じながら、どうにもできない。

 額の汗がツゥッとこめかみを伝って、背中にも汗がジットリ滲む。

 あたし、もしかしてこの場で死んでしまうの?

 約束したのに。ジンに、必ず戻ると約束したのに。

 ジンの笑顔が脳裏に浮かんで、胸が締め付けられるように、切ないほどに痛んだ。

 あたしを見つめる銀色の瞳。風に揺れる髪。

 そっと触れ合った優しい指先。

 ……会いたい。もう一度会いたい!

 会えないままで死にたくない!

 ジン! あなたに会わずに死ねない!
< 227 / 618 >

この作品をシェア

pagetop