銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 違うって何がよ?

 そりゃ違うでしょうよ。こんな所業は最初から間違ってるに決まってるわ。

 人を実験動物扱いして! なにを今さら……!

「問題は、振動していた石柱だ」

 …………。

 は?

「石柱? なに?」

「もしやと思ったが、やはり違うのか。だが、いやしかし」

 あたしと会話しているようで、その実、あたしの事なんてまるで見ていない。

 ヴァニスの視線は自分の思考の中を彷徨っている。

 あたしは、引き気味にその姿を眺めた。

 ヴァニス。人間の国の王様。

 国民に高く支持され慕われている人物。

 民衆の熱い声援に、ひょっとしたら彼の悪行は何かの間違いなのかも……との考えも一瞬よぎった。

 でも彼は、あたしに剣を向けた。

 冷徹な目で、一片の容赦も無く。

 あたしが従わなければ、迷いも無く一刀の元に斬り捨てていただろう。

 その姿は、やはり狂王そのもの。彼の風評に間違いは無い。血も涙も無い暴君だ。

 バサリと、暴君のマントが翻る。

「用は済んだ。城へ帰る」

 黒髪を風に靡かせ、スッと伸びた姿勢で馬車に向かって歩いていく。

「雫よ、来い」

 振り返りもせずそう言うヴァニスの背中を、あたしは眺め続ける。

 見えなくても分かる。きっと今、彼の両目はその姿勢のように真っ直ぐだ。

 何かの先を見据えるような、真剣な眼差しで。

 ……分からない。やっぱり分からない。彼の頭の中には、いったい何が……?
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