銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 ドキン!と心臓が鳴った。

 ゆうべ、バルコニー越しに目が合ったあの時……。やっぱり泣いてるのバレてたんだわ。

「なぜ泣く? 何がそんなに悲しい?」

 ヴァニスの囁くような声が耳をくすぐる。

 温かい吐息を首筋に感じて、ヒクリと肩が震えた。
 ちょ……近いって……!

「余に話してみよ」
「は、離れてよ」
「泣いていた話を、他の者達に聞かれてもよいのか?」

 唇をキュッと噛み締め、あたしは全身に力を込めて耐えた。

 そんなあたしを弄ぶように、ヴァニスは自分の鼻先をあたしの髪の中にうずめる。

 そして、また温かい吐息を吹きかけてきた。

「なぜ泣いていたか、当ててみようか……?」

「い、いらないわよ!  だからもっと離れなさい!」

 耳と唇が、今にも触れ合いそうなくらい近い。

 ヴァニスの黒髪と、あたしの黒髪が混じり合う。

 い……いったい何考えてるのよ!? このバカ王は!

『お兄様、きっと雫さまをお気に召されたんだわ』

 マティルダちゃんの言葉を思い出して、ハッとした。

 まさか本当に、ヴァニスがあたしの事を?
 それでこんな必要以上にあたしに接近を?

 ど、どうしよう。
 ハーレムとか、側室とか、愛人とかの単語が頭の中をグルグルする。

 もし強要されたら、あたし抵抗できる?
 周りは全員、ヴァニスの味方ばかりの状況で。
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