銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 夜伽を命じられて強引に……。
 そんな悲惨な展開が頭に浮かんだ。

 どうしよう、どうしよう、どうしよ……

「元居た世界の、家族の事を考えていたのであろう」

 ……。

 は??

「恥じる事はない。人間、いくつになっても父や母は恋しいものだ」

 あたしは体の力を抜いて、ヴァニスを見た。
 ヴァニスは真面目な顔で、小声で話し続ける。

「余の家族の肖像画を見て、里心がついたのであろう?」

「……」

「さぞ会いたかろう。その気持ちは余も理解できるぞ」

 そう言うヴァニスの黒い瞳は、なんの邪心も窺えず、澄み切っていた。

 国王一家の肖像画。ごく当たり前の幸せな家族。奪われてしまった、二度と戻らない存在。

 ……うちも、ごく平凡な家庭だった。

 平凡で、普通に幸せだったと思う。それに気付かないほどに。

 失って初めて分かった。『普通』が、どれほど大切かって事に。

 あの時あたしは、お父さんやお母さんに不平不満をぶつけて恨んでいた。

 どこの家の娘でもやってる事だと思う。

 ……婚約破棄は、どこの家庭でもあるわけじゃ無いとは思うけど。

 弁護士だの、慰謝料だのと叫んでいたのは、世間体じゃなかったんだろう。

 娘をこんな目に遭わされた父親の、せめてもの反撃だったんだろう。

 他に、娘を庇う方法が分からなかったんだろう。
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