銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 さっきから首を握られて苦しんでいた妖怪馬が、怒ってあたしにドンッ!と頭突きを食らわした。

「うわ!」

 ヨロけて前に出てしまったあたしを見て、人々が喜びの声を上げる。

 あたしは肩を縮め、下を向きながら仕方なくヴァニスの隣に並んだ。

 どんな顔をすればいいのか分からない。

 笑顔を見せれば、花嫁だって肯定する事になりそうで嫌だし。不機嫌な顔をすれば無礼者に見られそうで、それも嫌だし。

 困ったなぁ……。

 俯くあたしの視界に、おずおずと小さな女の子が入ってきた。

 その手の中に小さな花束が握られている。慌てて今、野の花を摘んできたんだろう。

 頬を染め緊張しながら、花束をあたしに差し出してくれた。

「これをあたしに?」

「……」

「ありがとう」

 思わず笑顔で受け取ったら、緊張した女の子の表情が一気に明るくなった。

 途端に、その場が歓喜の声に包まれる。

「ヴァニス王様バンザイ! 雫様バンザイ!」

 うわ、しまった! 墓穴を掘った!

 とにかくこの場はもう、何も言わずにやり過ごそう。

 沈黙は金なり。これに尽きる。

 なし崩し的に、ひたすら黙ってごまかすのが賢い大人の選択ってもんだわ。

 時間が経ってみんなの興奮が落ち着いたら、きっと誤解も解けるだろうし。

 そう考えながら必死にヒクヒク笑顔を保っているあたしのそばに、痩せて腰の曲がった老婆が近づいてきて、嬉しそうな表情であたしを見上げている。
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